【監視社会の実態】中国の「天網」が映す未来:天安門事件30年、北京で起きた驚きの体験とSNSの反響

2019年6月4日は、中国政府が民主化を求める学生たちを武力で鎮圧した「天安門事件」からちょうど30年という節目の日を迎えました。このような記念日に際して、中国国内では例年以上に厳重な監視体制が敷かれているようです。犠牲者の遺族や活動家に対する監視が強まっているという報道が相次いでおり、この歴史的な出来事について公の場で語ることさえ難しい雰囲気が伝わってきますね。特に今年は、米国との激しい貿易摩擦が、ひいては現体制への批判に発展することを政府が強く警戒している様子がうかがえます。

そんな中国の首都・北京で、ある日本人ビジネスマンが体験したエピソードは、現代中国が持つ二面性を象徴していると言えるでしょう。彼は北京でカバンを紛失し、現地の警察署へ届け出たそうです。すると後日、警察から「あなたはAという店ではカバンを持っていましたが、その先のBというビルの前では持っていません。この間に置き忘れたのでしょう」という驚くべき連絡があったというのです。この詳細な状況説明に、彼は感心すると同時に、どこか空恐ろしさも感じたといいます。

なぜ、警察はこれほどまでに正確な情報を把握できたのでしょうか。その背景にあるのが、中国全土に張り巡らされた膨大な数の監視カメラです。その数は2億台にも上るとされ、これらを繋ぎ合わせた巨大な監視ネットワークが「天網(てんもう)」と呼ばれています。このシステムは、国民のあらゆる行動を捉えており、まさに行動のすべてを見透かされているような状態だと言えるでしょう。また、インターネット上でも「金盾工程(きんじゅんこうてい)」という検閲システム、通称「ネットの長城」が目を光らせています。これは、中国政府にとって不都合な情報や海外のウェブサイトへのアクセスを制限する仕組みのことです。これはまさに「天網恢々(かいかい)疎にして漏らさず」ということわざを連想させますが、ここでいう「天」が誰なのかということが大きな問題であると感じます。

この監視の徹底ぶりは、SNS上でも大きな反響を呼んでいます。「個人の自由と引き換えの安全ではないか」「効率的だが気持ち悪い」といった意見や、「これほど徹底しているからこそ、犯罪の検挙率が高いのだろう」という声も見受けられました。特に天安門事件の話題に触れる際、情報のコントロールや検閲がいかに厳しく行われているかについて、改めて関心が集まっているようです。

私見ではありますが、もし30年前、中国の指導者たちが若者たちの民主化を求める声に耳を傾けていたとしたら、歴史は全く違うものになっていたかもしれません。一党独裁と国家資本主義という、非常に統制の取れた体制下で成し遂げた現在の目覚ましい経済発展は、もしかしたら違った形になっていた可能性もあるでしょう。しかし、体制がより自由なものであったなら、国家間の関係ももっと気軽に交流できる、親密な間柄になっていたのではないでしょうか。カバンをなくした時に、警察に頼るのではなく、心優しい市民の助けによって見つかるといった、人間味あふれる解決もあったかもしれないと想像してしまいます。強力な監視システムによる効率的な問題解決と、個人の自由や温かい人間関係のどちらを選ぶのか、現代社会が抱える普遍的な問いを、このエピソードは投げかけていると言えるでしょう。

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