2019年6月3日、野村ホールディングス(HD)と野村証券は、金融庁からの業務改善命令を受け、その内容を盛り込んだ業務改善報告書を金融庁へ提出いたしました。今回の問題は、野村が東京証券取引所(東証)の市場区分見直しに関する内部情報を、自社の営業活動のために外部へ漏洩させたというものです。金融庁は、この行為を「市場の公平性を損ないかねない悪質な行為」として厳しく指弾し、断罪に踏み切った背景には、金融機関が何よりも守るべき規範(プリンシプル)を軽視し続けた野村に対する、深い失望感があったといえるでしょう。
金融庁の遠藤俊英長官は、今回の情報漏洩問題の報告を受け、「何も変わってないじゃないか」と強い怒りを覚えたといわれています。今回の事案は厳密には法令違反(インサイダー取引など)に該当しないものの、過去の経緯を鑑みると、野村がまたしても同様の問題を引き起こしたことに、長官の落胆は計り知れないものでしょう。金融機関のトップが誓ったはずの「二度と同じ問題を起こさない」という決意が、わずか数年で覆されたことに、私は強い憤りを感じざるを得ません。金融市場の信頼を揺るがす行為は、決して許されるべきではありません。
情報漏洩の経緯:東証市場区分見直しに関する情報
今回の情報漏洩の舞台となったのは、2018年10月に東証が市場区分の再編を目指して立ち上げた有識者懇談会です。この懇談会に参加していた野村総合研究所(NRI)の研究員が、2019年3月に「新しい市場の時価総額の最低ラインは250億円になりそうだ」という情報を、野村証券の株式ストラテジストに伝達いたしました。ストラテジストはさらにこの情報をメールで営業担当者に共有し、そのうち3人が実際に顧客に対して漏らしてしまったとされています。
この「時価総額基準」は、上場企業の株価指数からの除外の可否に関わる、市場区分再編の根幹をなす極めて重要な情報です。もし基準を下回れば、株価が急落する可能性もあるため、金融庁はこれをインサイダー情報に匹敵すると断定しました。しかし、日本の金融商品取引法におけるインサイダー取引の要件は、合併や増資などの「重要事実」や「法人関係情報」として細かく定められており、時価総額基準の漏洩は法的にはインサイダー取引の範疇には当たらないとされています。専門用語であるインサイダー取引とは、上場企業の未公表の重要情報を利用して、自社の株などの売買を行うことで、証券市場の公平性を著しく損なう違法行為です。
繰り返す不祥事:7年前の「増資インサイダー問題」との類似性
金融庁が明確な法令違反がないにもかかわらず、今回行政処分に踏み切った背景には、7年前の2012年に発生した増資インサイダー問題の存在が大きく影響しています。当時も野村証券は増資情報を投資家に漏洩させ、業務改善命令を受けています。この増資インサイダーも、当時は法令上明確な違反とはなっていませんでしたが、今回の事案と構造が非常によく似ています。
この7年前の不祥事を受け、野村HDの経営立て直しのために就任したのが、永井浩二グループ最高経営責任者(CEO)です。一方、金融庁ではほぼ同じ頃、銀行担当の監督局審議官であった遠藤氏が、証券会社の監督も兼務する立場となりました。過去の教訓から「二度と問題を起こさない」と誓ったはずの野村が、遠藤氏の目の前で再び類似の不祥事を起こしたことは、金融庁の失望を決定的なものにしたといえるでしょう。この繰り返し発生する問題は、組織のコンプライアンス意識の低さを露呈しており、企業の倫理観が根本的に問われる事態だと思います。
金融庁の強いメッセージ:「規範軽視」という企業文化への断罪
金融庁が今回の行政処分で特に重く見たのは、野村の組織に根付く「企業文化」の問題です。野村が設置した特別調査チームによる無記名アンケートでは、時価総額基準の漏洩について「重要事実または法人関係情報に該当しないから問題ない」という声が一部で見られたといいます。これに対し金融庁は、「法令に書いていなくても、証券会社の職員として果たさなくてはならない役割が浸透していない」点を問題視しました。
これは、金融庁が近年進めるプリンシプル(規範)ベースの監督手法の表れでもあります。プリンシプルベースとは、詳細な規則(ルール)の遵守だけでなく、金融機関が自律的に守るべき高い規範を示し、自主的な取り組みを促すという、英国などでも導入されている世界の潮流です。法令に違反していない今回の業務改善命令には、「『ルールさえ守ればいい』という考え方は許さない」という金融庁の強いメッセージが込められているのでしょう。
この一連の報道に対し、SNS上でも「野村は7年前から何も変わってない」「結局、モラルが欠如している」「またかという呆れしかない」といった、規範軽視に対する厳しい意見が多く見受けられました。この逆風はすでにビジネスにも影響を及ぼしており、野村は日本郵政株の第3次売却の主幹事証券から落選し、社債主幹事でも野村外しが続くなど、経営の土台である信頼が失われれば、ビジネスは成り立たないということを示しています。今回の処分は、野村だけでなく、すべての金融機関に対し規範の遵守の重要性を再認識させる警鐘となるに違いありません。
コメント