2019年6月4日時点の報道によると、当時のトランプ米大統領の訪日を終え、米国からの貿易摩擦に対する直接的な圧力は一時的に和らいだ様子です。しかしながら、今後の通商交渉の行方については、依然として予断を許さない状況が続いています。特に懸念されるのは、米国側が「為替条項」の導入を求めたり、自国通貨が不当に安いと見なした国に対して「相殺関税」を課す動きを見せたりすることです。日本はリーマン・ショック以降、その実力にそぐわない急激な円高に苦しんだ経験がありますから、このような米国の圧力に対して、強い危機感を抱くのは当然でしょう。
日本政府は為替操作を否定し、こうした不当な圧力を断固として拒否する姿勢を示しています。しかし、その毅然とした態度を保ち続けるためには、私たち国民一人ひとりが為替問題の本質を深く理解しておくことが重要だと考えられます。例えば、「2010年を基準(100)とすると、現在の円の実質実効為替レートは対ドルで3割も円安になっている。だから米国の不満も理解できる」といった説明に安易に納得してしまっては、交渉の場で米国側の論理に押されてしまう懸念があるのです。
ここで登場する実質実効為替レートとは、複数の通貨に対する総合的な為替レートを、各国の物価変動(インフレ率など)を考慮して調整したもので、その通貨の実質的な購買力を示す指標です。このレートの基準年をどこに置くかで、円高・円安の評価が大きく変わってしまうという落とし穴があります。実際、1970年を基準(100)とすれば、現在の円は対ドルで7割もの大幅な円高になっているという試算も存在するのです。「7割も円高なのだから7割円安にすべきだ」と主張する人がいないのと同様に、「2010年基準で円安だから円高にすべきだ」という議論も、為替の本質から離れた見方だと言えるでしょう。
なぜこのような誤解が生じるのかといえば、実質実効為替レートは物価変動の違いは調整するものの、経済成長率の違いを十分に反映していないからです。経済学の一般論として、高い経済成長を続ける国の通貨は強くなる(増価する)傾向があり、逆に低成長の国の通貨は弱くなる(減価する)傾向があります。実際、1970年からバブル崩壊期にかけて、日本経済は米国を上回る成長を遂げたことで円高が進行しました。一方、バブル崩壊以降は、日本が低成長に転じたことで円安方向へと動いているのです。為替の実態を無視して、ただ指標上の数字だけで無理やり円高を強いる「為替条項」のような措置は、経済を混乱させる大きなリスクとなりかねません。
こうした経済の原理を考えると、為替の問題で米国と感情的に対立し、事を荒立てる必要性は低いでしょう。日本は為替相場を意図的に操作しているわけではありません。また、多くの日本企業の実感としても、当時の1ドル=110円程度の水準が極端に割安であるとは認識されていないはずです。もし円が本当に割安であれば、企業は国内生産を拡大して輸出を大幅に増やそうと考えるでしょう。しかし、現実の日本企業は、グローバルな事業展開や国内の少子化対策といった、より長期的な視点での経営戦略に注力しているのが現状です。この事実をもって、現在の円レートが適正な水準にあることを説明できると考えられます。
SNS上では、この議論に対して、「アメリカが都合の良い基準で難癖をつけている」「そもそも日本の成長率が低いのが問題」といった意見が見受けられました。筆者も、不当な「為替条項」によって無理な円高が押し付けられるのは、日本経済にとって計り知れない打撃となると強く懸念しています。しかし、為替が経済成長の結果として強くなる、すなわち円高になること自体は、決して悪いことではありません。高度成長期がそうであったように、力強い経済成長を実現した上での円高は、日本の購買力を高め、国益につながる好循環を生み出します。
偉大な経済学者であるケインズは、経済成長に不可欠な要素として、企業の投資意欲や人々の行動を促す根源的な衝動を指すアニマル・スピリットを挙げました。今の日本に真に求められているのは、為替の議論に終始することではなく、日本人の「アニマル・スピリット」を再び引き出し、内発的な力強い経済成長を実現することにほかならないと確信しています。それが、為替リスクを乗り越え、日本の未来を切り開く唯一の道筋になるでしょう。
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