世界最大級の「ディストレスト投資」を手掛ける米国の運用会社、オークツリー・キャピタル・マネジメントの共同創業者であるハワード・マークス氏が、2019年6月5日付けの日本経済新聞の取材に対し、中国市場への熱い視線を送っていることが明らかになりました。ディストレスト投資とは、経営危機に陥ったり、財務状況が悪化したりした企業の証券や不良債権などを安値で購入し、企業の再生や債権の回収を通じて高い収益を目指す、非常に専門性の高い投資手法です。マークス氏は、中国における不良債権購入の機会が「非常に大きい」と強調し、その背景には中国経済の成長鈍化によって、投資機会が拡大している現状があると分析しているようです。
マークス氏の見解によれば、これまでの中国経済は「巨大な信用創造」によって景気を刺激し、拡大を維持してきましたが、こうした金融緩和を基盤とした政策は「永遠には続かない」と指摘しています。つまり、無理な借金によって経済を回す手法はいずれ限界を迎えるという考えです。同社はすでに2015年から中国で不良債権の購入を開始しており、その運用収益率は年率で2ケタ台を確保しているとのことですから、その先行投資はすでに大きな果実を生み出していると言えるでしょう。
プライスウォーターハウスクーパース(PwC)のデータによると、オークツリーは2015年から2018年にかけて、少なくとも6件の案件に投資しており、米ローンスターなどと並んで外資系企業としては最大規模の不良債権投資家と目されています。マークス氏は具体的な案件数を明らかにはしませんでしたが、2019年1月から3月期の第1四半期にも投資を実行したことを明かしており、その積極的な姿勢は衰えていません。投資の対象としているのは、事業としての競争力は期待できるものの、過剰な債務によって一時的に経営が行き詰まってしまった企業であり、ここにディストレスト投資の妙味があると言えます。
ディストレスト投資を成功させるための戦略と課題
オークツリーは、中国人スタッフによる専門チームを結成するなど、万全の体制を整えて中国市場に臨んでいます。特筆すべきは、債権回収の手続きについて、「裁判所を使わず、すべて当事者との交渉で進めてきた」という点で、これは中国の法的手続きがまだ確立途上であることへの対応策と言えるでしょう。一方で、マークス氏は、不良債権の法的な処理手続きを確立するよう中国政府に働きかけているとも述べており、健全な投資環境整備への期待を表明しています。
中国政府系の資産管理会社、通称「AMC」が、外資系企業に対する不良債権の主要な売り手となっており、マークス氏はこの点についても、「中国は実利的で、不良債権処理の加速に必要な環境整備について理解している」と述べ、今後の制度改善に期待感を示しています。この発言からは、市場経済の原則にのっとり、中国当局が投資環境の整備に前向きであるという認識が伺えます。
しかしながら、世界経済の不安定要素である「米中対立」の深刻化は、オークツリーの事業活動にも間接的に影響を与える可能性があります。中国政府は2017年に、外資系企業が中国現地の運用会社に過半出資することを認める方針を打ち出しましたが、この実現はいまだに見送られたままです。そのため、オークツリーの中国における合弁会社も、現地運用会社が過半の出資比率を握っている現状があります。マークス氏は中国政府との関係が「良好」であると強調しつつも、米中間の緊張の高まりによって、許認可の遅れなど事業展開に支障が生じる恐れは否定できないでしょう。
世界が注目する投資の「バイブル」とその影響力
オークツリー・キャピタル・マネジメントは、運用資産総額が1,190億ドル(日本円で約13兆円)にも上る巨大な米国の投資会社であり、信用力の低い企業の社債や不良債権への投資で高い評価を得ています。その共同創業者であるハワード・マークス氏が不定期に発行する「メモ」は、世界中の市場参加者が市場の動向を読むための「バイブル」として愛読されており、その一挙手一投足が投資家コミュニティに大きな影響を与えます。今回の中国不良債権へのポジティブな見解は、同氏の分析が、景気後退期における市場の歪みを大きなチャンスと捉える、プロフェッショナルな視点に基づいていることを示していると言えます。
私見を述べさせていただくと、マークス氏の分析は極めて冷静かつ現実的であり、中国経済の「影」の部分に潜む巨大な投資機会を的確に見抜いていると評価できます。健全な経済成長を持続させるためには、不良債権の適切な処理と、それに伴う新たな資本の注入が不可欠であり、オークツリーのような専門性の高い外資系プレイヤーの存在は、中国市場の成熟に貢献するでしょう。しかし、同時に米中対立という地政学的なリスクが、その投資活動の円滑な進行に影を落としている点も看過できません。この巨大な市場で外資系企業がどこまで力を発揮できるかは、今後の中国政府の政策と、米中関係の推移に大きく左右されるでしょう。
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