世界的な注目を集めながら米国の株式市場に上場を果たした、ライドシェア大手2社、ウーバーテクノロジーズとリフトの株価が低迷しています。これは、優秀なドライバーを確保するための優遇策や、将来に向けた研究開発に多額の費用が投じられている一方で、企業がいつ黒字化するのかという道筋が市場に対して明確に示されていないためです。一時は両社を取り巻いていた熱狂的な高揚感は、残念ながら株式市場からは薄れてしまったと言えるでしょう。しかし、この個別企業の業績とは切り離し、社会全体がシェアリングエコノミー、つまり「共有型経済」へと移行していく流れは、もはや後戻りできない不可逆的(ふかぎゃくてき)なものだと私は考えます。個々の企業の栄枯盛衰は経営の手腕に左右されますが、「シェア」という概念そのものは、歴史がたどる必然の流れなのです。
現在私たちが目の当たりにしている「シェア」の巨大な潮流は、いくつかの構造的な変化が積み重なった結果として生まれています。まず一つは、インターネットの普及です。これにより、これまで考えられなかった規模で「人」と「物」をマッチングさせることが可能になりました。相互評価システムを導入した競売サイトが定着したように、見ず知らずの人同士でも安心して取引ができるという信頼が構築されたのです。二つ目に、スマートフォンの存在が私たちの日常生活に深く根付いたことが挙げられます。これにより「いつでも」「どこでも」必要なものが手に入るオンデマンド(On-Demand:要求に応じてサービスが提供されること)を支える強固なインフラが整備されました。そして三つ目は、私たちを取り巻く環境の変化の加速です。高価なものを「所有」して、それに縛られるよりも、状況に応じて必要な時だけ「利用」する方が柔軟で合理的だ、という新しい価値観が広く浸透し始めたのです。
人間は、もっと便利で快適な生活を求め、その欲求はエスカレートしていくものです。このような人々の根源的な欲求と、テクノロジーの目覚ましい発展とが交差することで、「シェア」は社会を巻き込む巨大なうねりへと変貌を遂げていると言えるでしょう。私自身の個人的な体験を振り返ると、2004年に米国へ留学していた際、カーシェアサービスであるジップカー(Zipcar)の会員になっていました。必要な時にインターネットで予約を入れ、アパートの近くに用意された車を利用できたのです。捕まえにくいタクシーや、手続きが煩雑なレンタカーと比較して、非常に手軽で重宝しました。しかし、とにかくすぐに移動したいという場面では、その予約や手続きさえもまどろっこしく感じるものです。当然ながら、野心的な起業家たちはこの不満を放っておきません。スマートフォンをリモコンのように使って、車を自分の現在地へと呼び寄せるライドシェアは、まさに社会のニーズに応えるべくして出現したサービスなのです。現在、私が出張で米国に滞在する際の主要な移動手段は、このライドシェアが中心となっています。
シェアが広げる新たな働き方と社会変革の可能性
シェアの対象は、車にとどまらず、住居やオフィスへと広がりを見せています。こうした分野で次々と誕生している**ユニコーン企業(企業評価額が10億ドルを超える、設立10年以内の非上場ベンチャー企業のこと)**の多さが、このエネルギーの巨大さを雄弁に物語っています。また、SNS(交流サイト)を通じて、人々がコミュニティーの面白さを再発見したことも、人々のシェアへの関心を強く後押ししています。ライドシェアについては、日本国内ではまだ法律による規制の壁に阻まれていますが、シェアリングに対する熱量は着実に高まっている状況です。都会だけでなく地方にも、キッチンやリビングなどの共有スペースを持つ施設が点在し始めています。例えば、パナソニックが2030年の住まいの一つの形態として描いた「走る部屋」というコンセプトがあります。これは、広さがおよそ四畳半の車輪がついた部屋で、利用者は好きな施設を巡りながら暮らすというライフスタイルです。
このアイデアを考案した若手のデザイナーたちに話を聞くと、多機能なマイホームを構えることや、多くの家電を買い揃えるといった従来の価値観には共感できず、一つの場所に定住することをリスクとさえ感じていると言います。彼らは、華やかな高度経済成長の時代を知らず、お互いに助け合うことが自然なことだと捉えています。これは単なる倹約が目的ではなく、人とのつながり、ソーシャル・キャピタル(人々の協調行動を活発にする、社会の信頼や規範といった関係性を示す社会的な資本)にこそ豊かさを見出しているからこその「シェア」なのです。あるデザイナーからは「45歳以上の人には、この感覚は分からないでしょう」といった率直な発言もあり、世代間の価値観の大きなギャップを浮き彫りにしています。
このようなシェアの潮流を受けて、起業も相次いでいます。20代の若者2人が設立した「atsumari(あつまり)」という企業は、楽器のシェアをビジネスとして展開しています。音楽好きと楽器職人とを結びつける役割を果たしているのです。ある推計によりますと、認知度の向上など条件が整えば、国内のシェア市場は2030年度には11兆円を超える規模にまで成長すると見られています。そして、このシェア社会を真に実現していく力として、最も注目すべきは仕事に対する新しい価値観の台頭でしょう。
フードデリバリーサービス、ウーバーイーツで配達員として働く尾崎浩二氏の事例を見てみましょう。彼は、自由に働けるという魅力からこの仕事を始めましたが、やがて個人事業主という立場から生じる孤独感や不安を感じるようになりました。「きっと他の配達員も同じように悩んでいるはずだ」と考えた彼は、インターネット上に情報交換のためのグループを作りました。このグループでは、万が一の事故に備えた保険の情報や、ウーバー以外の仕事に関する情報交換が行われ、今やそのメンバーは450人にまで拡大しています。さらに彼は、2019年5月にはこの活動を発展させ、配達員の福利厚生の向上や、飲食店とのより良い関係構築をめざす協会まで立ち上げました。今後は、配達員のための会社を設立し、飲食店経営にも挑戦する予定だと言います。「個人が一致団結すれば、何かを成し遂げられる」という信念のもと、コミュニティー運営そのものが彼の大きなやりがいとなっています。また、少額融資を通じて個人の自立を促すグラミン日本の支援を受けることも決まるなど、その活動の輪は広がり続けているのです。
最近ベンチャー企業を取材に訪れると、本業とは別の会社でも働いているという人に頻繁に出会うようになりました。これは、生活費を捻出するために切羽詰まってあくせくしている、といった悲壮感が漂う話ではありません。彼らの多くは、自身のキャリアを形成するための副業・複業として、積極的に複数の仕事を持っています。一つの会社に漫然としがみつくのではなく、多様な職種のポートフォリオ、つまり「組み合わせ」を自分で組み立てていくべき時代が到来しているのです。だからこそ、社会の中に埋もれているニーズを掘り起こし、新しい種類の仕事を創り出す「シェア」という動きには、大きな重要性があります。自分のスキルを活かし、顧客の評価を成長のヒントとして腕を磨き、それが励みや喜びにつながる人々がいます。これはまさに「福業」と呼ぶにふさわしい、幸せをもたらす仕事のかたちと言えるでしょう。
個人と社会が進化を続けるために
人工知能(AI)やロボットによるオートメーション化(自動化)が進むことで、働き手にとっては逆風となる側面も指摘されています。ライドシェア大手も、ドライバーに頼らない自動運転技術への投資を加速させています。しかし、だからといって個人が必ずしも「弱者」に転落するわけではありません。増加し続けているシェアピープル、すなわち共有型のサービスを通じて働く人々からは、したたかさとたくましさが感じられます。彼らは社会を根本から革新していく、強力な原動力となりえるのです。
シェアリングサービスは、提供されるサービスの安全性確保という課題を抱えていますし、長年続いてきた既存産業との摩擦も避けられません。しかし、私たちはこの流れに尻込みしている暇はありません。世界は「シェア」を前提とした行動や発想へと大きく舵を切り、何がどこまで実現可能なのかを試している最中なのです。もしこの流れに背を向けてしまえば、それは個人も、企業も、そして国全体も、進化する機会を自ら逃してしまうことになるでしょう。人的、物的な資源を効率的に利用することにつながるシェアは、気候変動や貧困といった地球規模の課題への対策、さらには地域再生にも大きなプラスの効果をもたらします。私たちは今、まさに新しい社会づくりの真っ只中にいるのだという、強い時代認識を持つべきです。
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