超高齢社会に突入した日本において、認知症対策はまさに国を挙げた喫緊の課題となっています。2019年06月に国が策定した「認知症施策推進大綱」では、地域社会での「共生」と発症を遅らせる「予防」が二本の柱として掲げられました。しかし、その内容を精査すると、医学や科学の力でこの難病を根本から克服しようという力強い意志が、残念ながら影を潜めているように感じられます。科学的なアプローチが後退してしまった背景には、世界中を駆け巡ったある衝撃的なニュースが深く関係しているのでしょう。
その激震の正体こそ、2019年03月に発表された「アデュカヌマブ・ショック」に他なりません。日本のエーザイと米バイオジェンが共同開発し、認知症治療の「最後の切り札」と目されていた新薬アデュカヌマブの臨床試験が、事実上の頓挫を迎えました。バイオ医薬品を駆使した最新の創薬研究が次々と壁にぶつかる現状を目の当たりにし、研究現場には諦めに似た閉塞感が漂っています。SNS上でも「期待していただけにショックが大きい」「老後の安心はいつ手に入るのか」といった、切実な不安の声が数多く噴出しました。
仮にアデュカヌマブが順調に承認され、2020年代前半に実用化されていたとしても、実は別の巨大な壁が待ち構えていたはずです。この薬は「抗体医薬」と呼ばれるタイプで、最先端のバイオ技術を用いるため製造コストが極めて高額になる傾向があります。もし対象となる100万人規模の患者にこの高価な薬を処方し続ければ、日本の誇る国民皆保険制度は財政面から崩壊の危機に瀕したでしょう。医療の進歩が経済的な破綻を招くという、皮肉なジレンマを突きつけられる可能性があったのです。
発想の転換が鍵!エイズ治療に学ぶ「カクテル療法」の可能性
アルツハイマー病と向き合うためには、まずその特性を正しく理解する必要があります。この病気は脳の神経細胞が徐々に死滅する「神経変性疾患」であり、特に80代以降で急増することが分かっています。現在の医療技術、たとえ注目の再生医療であっても、一度失われた神経細胞を元通りに復活させることは極めて困難です。そのため、完全な「完治」を目指すのではなく、病気の進行を1、2年ほど緩やかにし、穏やかな状態で天寿を全うするという現実的な目標設定こそが、今求められているのではないでしょうか。
脳内ではアミロイドベータやタウといったタンパク質の蓄積に加え、複雑な炎症反応が絡み合って病気が進みます。一つの原因だけを狙い撃ちにする従来の創薬手法には、限界が見え始めているのです。ここで参考にすべきなのが、かつて不治の病と恐れられたエイズへの対抗策でしょう。1990年代、複数の薬剤を組み合わせてウイルスの増殖を抑える「カクテル療法」が登場したことで、エイズはコントロール可能な疾患へと劇的に変化しました。アルツハイマー病においても、多角的なアプローチによる複合的な治療戦略が有効なはずです。
今後の戦略で重視すべきは、製造コストが安い「低分子化合物」による新薬開発や、既存の薬から別の効能を見つけ出す「ドラッグ・リポジショニング」という手法です。これらは製薬企業にとっては利益に繋がりにくい側面もありますが、社会全体にとっては極めて価値の高い挑戦となります。営利目的だけでは達成できないからこそ、公共性を重んじる産官学が結集し、オープンソース形式で知見を共有すべきです。日本には認知症大国として、世界をリードする研究を推進する「気概」を見せてほしいと切に願います。
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