2019年6月7日に公開された記事で、世界的な巨匠ネーメ・ヤルヴィ氏とNHK交響楽団(N響)の共演が取り上げられています。御年82歳(※記事執筆当時)のエストニア出身の指揮者、ネーメ・ヤルヴィ氏。その円熟した手腕を、ご子息であるパーヴォ・ヤルヴィ氏が首席指揮者を務めるN響への客演公演で味わえるという、クラシック音楽ファンにとって大変貴重な機会となりました。この演奏会で披露されたのは、いずれもフランスで活躍した作曲家による作品群。それでいて、楽曲の背景にはドイツ語圏の音楽を意識したという共通点がある点が、選曲の妙を感じさせます。
ネーメ・ヤルヴィ氏と言えば、北欧諸国の作品、特にシベリウスなどのバルト海沿岸の作曲家の作品で見せる雄大で力強い演奏で高い名声を得ていますが、そのレパートリーは驚くほど広範です。今回のフランス音楽への深い愛情も、彼の尽きることのない探究心と卓越した音楽性を物語っていると言えるでしょう。この日のプログラムは、まず小品のオードヴルから始まりました。それが、ジャック・イベールによる「モーツァルトへのオマージュ」です。これは1956年のモーツァルト生誕200年を記念して作曲された、演奏機会の少ない珍しい作品。こうした粋な選曲を実演で聴かせてくれるのは、まさに巨匠ならではの醍醐味と言えます。
編成は小ぶりな二管編成で、これは18世紀の古典派音楽を彷彿とさせますが、響き自体はあくまでも近代フランス音楽らしい、きらめきと軽やかさに満ちた洗練されたものでした。そして続くメインプログラムでは、セザール・フランクの交響曲ニ短調と、カミーユ・サン=サーンスの交響曲第3番が演奏されました。これらの作品はともに1880年代に作曲され、ベートーヴェン以後にドイツ語圏で隆盛した交響曲の形式を意識して書かれたという共通点を持っています。
ヤルヴィ氏がこの2曲で示したテンポは、いずれも非常にスピーディでした。ためらいなく音楽を前のめりに推し進めるスタイルは、フランクの交響曲で聴かれるような、重くねっとりとした情念の部分をあえて切り捨てているようにも感じられたそうです。しかし、この「高速テンポ」が、サン=サーンスの交響曲第3番、通称「オルガン付き」では見事に功を奏しました。音楽に抜群の切れ味と爽快感が生まれ、聴く者を心地よい興奮へと誘います。
この作品の特徴として、教会の楽器である「オルガン」が用いられている点が挙げられますが、この日の演奏は、なぜこの楽器が交響曲に組み込まれるのかを明確に示しているかのようでした。特に、ベルリオーズの幻想交響曲にも登場するグレゴリオ聖歌「ディエス・イレ(怒りの日)」の旋律が、力強い長調の響きに変わり、まるで神の勝利を宣言する凱歌として鳴り響く様子は圧巻でした。また、オルガン独奏を担当した鈴木優人氏の、歯切れの良い好演もこの成功に大きく貢献しています。この見事な演奏会は、2019年5月22日にサントリーホールで開催されたものです。
私が思うに、ヤルヴィ氏のこの老練にして果敢な「高速アプローチ」は、現代の聴衆が求める明快さやエネルギーと見事に共鳴しているのではないでしょうか。SNSでも「ネーメ・ヤルヴィのサン=サーンス、まさかの爆速で度肝抜かれたけど、めちゃくちゃ気持ちよかった!」「N響との相性も抜群で、フランクもサン=サーンスも新鮮に聴こえた」「80代でこのスピード感は凄すぎる」といった、驚きと称賛の声が多く見受けられました。これは、単に楽譜通りに演奏するだけでなく、指揮者自身の解釈と活力が、時代を超えて音楽に新しい息吹を吹き込んでいる証拠に違いありません。
クラシック音楽において「ディエス・イレ」とは、ラテン語で「怒りの日」を意味する、キリスト教のレクイエム(鎮魂歌)などで使われる恐ろしい審判の日を歌ったグレゴリオ聖歌の旋律のことです。この厳粛なテーマを、サン=サーンスが交響曲の中でポジティブな「凱歌」として響かせた点、そしてヤルヴィ氏がそれを高速かつ力強い演奏で表現したことは、聴く者に強いカタルシス(浄化作用)を与えたと言えるでしょう。これは、音楽が単なる音の連なりではなく、深い精神性を持つ芸術であることを改めて実感させてくれる体験です。
この日の共演は、指揮者ネーメ・ヤルヴィ氏の「幅広いレパートリー」と「衰えを知らない音楽への情熱」をまざまざと見せつけ、日本のクラシック界に鮮烈な印象を残しました。ネーメ・ヤルヴィ氏とN響が今後再びどのような名演を生み出すのか、期待が膨らむばかりです。
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