岡山県の北西部、雄大な山々に囲まれ鳥取県と境を接する新庄村。この村が、人口減少の波に立ち向かうために、非常に斬新な移住促進策を打ち出しました。現状、企業を誘致して新たな雇用を生み出すことが難しい山間部の村で、時代のトレンドである「働き方改革」を追い風に、都会からの移住、特に複業やデュアラーという新しい生活スタイルを提案し始めたのです。果たして、このユニークな挑戦は、デジタルな生活に慣れた都会に住む人々の心に響くのでしょうか。
その試みの第一歩として、2019年5月14日に「ローカル・ワーク・デザイン・ラボ」というウェブサイトがネット上に開設されました。新庄村が自ら仕掛けたこのページのキャッチコピーは、「人口わずか940人。日本一美しい村から新しい働き方、生き方を考える。」という非常に力強いメッセージです。この「ラボ」では、複数の仕事や活動を同時並行で行う「ポートフォリオワーカー」、そして都心と田舎の二つの拠点で生活を楽しむ「デュアラー」といった、これまでの常識にとらわれないライフスタイルを提案の中心に据えています。
特に注力されているのが、この新しい働き方や生き方を具体的に体験してもらうための連続プログラムです。2019年6月9日に大阪市で最初のセッションを開催した後、翌2020年2月までに合計9回のイベントが予定されています。京都市や岡山市といった都市部での交流セッションに加え、村内で自然を満喫するキャンプも企画されており、多角的に新庄村の魅力が発信される見込みです。
この革新的な企画の中核を担っているのは、実は村外からの移住組の方々です。総務企画課主任の千葉智明さんは岩手県出身で、ご家族とともに新庄村に移住して5年が経過しました。千葉さんは「村で働く場所を探すのは至難の業です。だからこそ、自ら仕事を創り出し、収入を得られるような、影響力を持つ人々(インフルエンサー)を少しずつ村に招きたい」と、移住者のターゲットを明確に定めています。
新庄村は、新緑の美しい山々に抱かれ、新庄川の清流がとうとうと流れる風光明媚な土地です。江戸時代に宿場町として栄えた古い街並みには、赤茶色の石州瓦の屋根が連なり、それらに寄り添うように約130本もの美しい桜並木が続いています。地域おこし協力隊として2年前に東京都大田区から移住した栃沢まどかさんも、村の魅力に惹かれた一人です。現在は村の産業建設課で林業振興に尽力しつつ、以前から続けていた装飾デザインの仕事も継続しています。
栃沢さんは「川のせせらぎは、まるで心が癒されるBGMがずっと流れているかのよう。地元の人々が気付かないような魅力が、この村には溢れています。まさに、一つの本業だけでなく複数の活動に取り組む**『複業』生活を実践するには、最高の環境ではないでしょうか」と語り、「ラボ」の準備に奔走しています。彼女のような移住組の活躍は、1980年の国勢調査で1,357人だった人口が、2010年には957人まで落ち込む中で、村が長年推進してきた新規定住者増加策の成果と言えるでしょう。
「村民一家族の村」を目指す、村長の強い決意
通算在任期間が22年にもなる小倉博俊村長は、「この村でしか実現できない挑戦がある」という確固たる信念のもと、周辺町村との合併を拒み、村の生き残りのために知恵を絞り続けてきました。そんな中、小倉村長が昨年の夏に新聞で目にしたのが、「起業型移住」という言葉でした。これは、山村に移住した人々が、一人ひとりの力で自ら仕事を生み出す時代が到来するという、地方創生アドバイザーの安川幸男氏の指摘でした。「これだ」と感じた村長は、すぐに安川氏を村に招き、その指摘を具体化したのが、今回の「ラボ」企画だったのです。
小倉村長は、「背伸びせず、人口1,000人規模の『村民一家族の村』づくりを推し進めたい」と述べています。これは、単に人口を増やすだけでなく、自立して仕事を創出できる人材を主軸にした、持続可能で緩やかな人口増加を目指すという強い意思の表れでしょう。村が公表した人口は、2019年4月末の段階で918人と、かろうじて900人台を維持している状況にあります。
しかしながら、新庄村の高齢者の比率は人口の約4割に達しており、基幹産業である農業や林業といった第一次産業に従事する人々の約7割を高齢者が占めるという厳しい現実があります。だからこそ、今回の新しい働き方の提案**は、再び加速する恐れのある人口減少を食い止めるための、まさに村の将来を左右する重要な一手となるでしょう。新しい「村民」たちの今後の動向からは、今後も目を離せません。この小さな村の挑戦は、全国の過疎地域にとっても、大きなヒントをもたらすかもしれません。
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