近年、「ポケットモンスター」、通称ポケモンが展開する事業領域の広がり方は目覚ましいものがあります。その勢いの源泉は、世界的な大ヒットを記録した位置情報連動型スマートフォンゲーム、「ポケモンGO」の存在抜きには語れません。2016年に登場して以来、日本のみならず世界中の人々を熱狂の渦に巻き込んだこのゲームは、今やポケモンのブランドを象徴する一つとなりました。
そして、2019年6月上旬には、睡眠をコンセプトにした斬新なスマートフォンアプリ「ポケモンスリープ」の発表が行われ、すぐさま大きな話題を呼んでいます。この発表に対するSNSでの反響は非常に大きく、「まさか寝ている時までポケモンと一緒とは!」「健康管理にも役立ちそうで楽しみ」「日常のあらゆる瞬間にポケモンが入り込んでくる」といった、その独創性への期待の声が多く見受けられます。また、同年には、ハリウッドによる実写映画化も実現し、映画『名探偵ピカチュウ』が公開されました。ビデオゲーム原作映画としてはオープニング興行収入で最高記録を更新するという快挙を成し遂げたのです。
過去には、他の日本の人気コンテンツのハリウッド実写化が、原作ファンを中心に物議を醸した事例もありましたが、『名探偵ピカチュウ』は多くの人の予想を良い意味で裏切る形で成功を収めました。SNSでは、公開されたトレーラー映像の段階から、主人公のライアン・レイノルズ氏によるユーモラスなプロモーションが「斬新すぎる」と話題になったほか、リアルに表現された様々なポケモンたちのビジュアルが「モフモフだけどおっさん感のあるピカチュウが最高」「ベロリンガのリアルさがすごい」などと、熱狂的な反響を集めました。
一見すると、ポケモンは何にでも手を出している無秩序な多角化戦略をとっているようにも見えるかもしれません。しかし、実はその裏には非常に緻密な戦略が存在しているのです。ゲームの企画・開発を担う株式会社ポケモンの宇都宮崇人最高執行責任者(COO)は、2019年5月に沖縄で開催された「マーケティングアジェンダ」での講演で、事業領域を決定する際の判断基準を明らかにされました。その基準とは、「収益性の高低」と「ブランドに好影響を及ぼすか否か」という二つの軸です。
この二軸によって事業を分類し、展開の優先順位をつけているのですね。例えば、原点であるゲーム関連事業は、当然ながら収益性も高く、ブランドへの影響も良い「優等生」のカテゴリーに位置づけられます。一方、話題の「ポケモンスリープ」のような新規事業は、現時点では収益性は低いかもしれませんが、ユーザーの日常生活に深く入り込み、ブランドイメージの向上に大きく貢献する、つまり「ブランド資産を高める」カテゴリーに属するわけです。
この戦略の素晴らしい点は、「ブランド価値」を一時的な「収益」よりも重視している点にあると筆者は考えます。収益性が低い事業であっても、それが長期的なブランドイメージの向上につながると判断すれば積極的に展開する。これは、目先の利益に囚われず、ブランドという無形資産を育てる「ブランド・エクイティ」の考え方を極めて高度に実践している証拠でしょう。この賢明な経営判断こそが、ポケモンを単なるゲーム会社ではなく、世界的なエンターテイメントブランドへと進化させている最大の要因に違いありません。
専門用語解説
ポケモンGO: 正式名称は『Pokémon GO』。スマートフォンのGPS(全地球測位システム)とAR(拡張現実)技術を組み合わせ、現実世界を舞台にしてポケットモンスターを捕まえたりバトルしたりできるゲームです。
『名探偵ピカチュウ』: 2019年に公開された、ポケットモンスターを題材としたハリウッド制作の実写映画です。人間とポケモンが共存する世界を舞台に、名探偵として活躍するピカチュウと青年が事件の謎を追う物語です。
ゲーム関連事業: ポケモンの核となるビジネスであり、携帯型ゲーム機や据え置き型ゲーム機向けのソフトウェア開発、販売を指します。
無形資産: 企業が保有する資産のうち、物理的な形を持たないもの全般を指します。具体的には、ブランド名、特許、顧客リスト、企業文化などが該当し、ポケモンの場合は「ブランドイメージ」や「世界中のファンからの信頼」がこれにあたります。
ブランド・エクイティ: ブランドが持つ資産価値を指す言葉です。単なる知名度だけでなく、消費者がそのブランドに対して抱く信頼感、親近感、品質への期待などが含まれ、これが高いほど、新しい商品やサービスが成功しやすくなります。
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