2019年6月12日、日本の放送業界を取り巻く環境は大きな転換期を迎えています。特に地方のテレビ局(地方局)は、時代の波に乗り遅れないための新たな活路を見出す必要に迫られています。そのヒントとなるのが、北海道テレビ放送(HTB)が制作した異色のドラマ「チャンネルはそのままで!」の成功事例でしょう。この作品は、人気の漫画を原作とした連続ドラマを地方局が制作したという点で珍しいだけでなく、放送と同時に動画配信大手の米ネットフリックスを通じて190を超える国や地域に配信されたという点も極めて異例の取り組みでした。
このドラマの展開は、まさにテレビ業界の常識を覆すものでした。北海道で高い視聴率を獲得したことに加え、番組を他の放送局へ販売するために開催された試写会では、課題を抱える地方局を舞台に新入社員が奮闘する物語が、参加したテレビマンたちの琴線に触れたのです。結果として、このドラマは地方局を中心に30もの局が放送を決定するという快挙を成し遂げました。HTBの福屋渉取締役は「社員に自信がつくと考えて購入した局も多い」と語られており、この作品が単なるコンテンツ販売を超えて、テレビ業界全体に希望の光を灯したことが伺えます。
放送法の改正と地方局の存立基盤
このドラマが業界内で大きな反響を呼んだ背景には、地方局を取り巻く厳しさを増す環境があります。日本の放送体制が現在のように1県に複数の地方局が立地する形へと大きく舵を切られたのは、1957年。当時の田中角栄郵政相が、就任直後に一気に民放36局に免許を与えたことに始まります。それから60年あまり、BS・CS放送の開始やアナログ放送からデジタル放送への移行といった転機はありましたが、基本的な枠組みは変わっていませんでした。
しかし、この不変の枠組みは今、崩壊の危機に瀕しています。2019年5月29日に改正放送法が成立し、NHKは番組を常にインターネットで視聴できる「常時同時配信」を2020年3月までに開始する予定なのです。NHKは、地方局への配慮から地域外の放送は見られなくする地域制御を行う方針を示していますが、業界内からは「この枠組みは、じきに崩れる」との声が少なくありません。なぜなら、東京のキー局が制作した番組がインターネットを通じて地方に直接届くのが一般的になれば、地域に密着した取材網の維持を担ってきた地方局の存立基盤が大きく揺らぎかねないためです。私見ですが、この改正は地方局にとって、自らの存在意義を根本から問い直す、最大の試練になるでしょう。
「自走化」とコンテンツ強化による生き残り戦略
テレビとインターネット、この両者の間の垣根が低くなるなかで、地方局が目指すべき生き残り戦略の方向性は、地域の特性を生かしたコンテンツ制作能力を高め、より多くの視聴者を獲得することです。HTBがネットフリックスと組んだ取り組みは、まさにこの方向性に沿った動きだと言えます。もう一つの注目すべき事例は、大分朝日放送(OAB)の取り組みです。OABは、温泉などの地元の観光資源を紹介する番組を制作し、アジアなどへ海外展開してきました。
OABは当初、総務省の補助を得て海外展開を始めましたが、その後は自治体や地元企業をスポンサーとして獲得することで、国の支援なしでも事業として独立採算、つまり「自走化」を進めています。さらに、いち早く高精細な「4K」で撮影・編集できるシステムを導入しており、4K映像の拡充を急ぐネット企業にもコンテンツを売り込んでいるとのことです。同社のビジネス戦略部の橋本英子チーフプロデューサーは「小規模でもこうした自走化を進めることが重要」だと語っており、これは全ての地方局にとって極めて重要な指針になるでしょう。
異業種連携と新規スポンサー開拓
生き残りのためのもう一つの活路は、これまでテレビ業界と縁が薄かった分野の企業との連携にあります。ネットを活用した印刷サービスを手がけるラクスルの田部正樹取締役は、「経営環境は厳しくなっているが、視点を変えればきちんと価値を発揮できる」と、地方局の潜在能力について前向きな見方を示しています。
丸井グループで宣伝畑を歩んだ田部氏は、2014年にラクスルに入社し、低予算でテレビCMを流せる地方局と組むことで知名度を高め、同社は2018年に上場を果たしました。この実績を生かして、CMの制作・放映を事業化し、わずか1年あまりで約500社から受託するまでになったのです。ある地方局の幹部も「新規スポンサーの開拓に大きな力を発揮する」と高く評価しており、これは地方局にとって、新たな広告収入源を獲得する大きな可能性を示しています。これは、地方局が持つ「地域の視聴者への訴求力」という価値を、異業種の新しい視点によって再評価し、マネタイズに成功した好例だと私は感じます。
自助努力と再編の議論
もちろん、楽観論ばかりではありません。人口減少や地方経済の衰退という、地方局を取り巻く環境はさらに厳しくなる一方です。実際、日本民間放送連盟の調査によると、地方局の地上波テレビ営業収入は2018年度まで4年連続で前年実績を下回り、その減少幅は年々拡大しています。こうした経営環境の悪化と呼応するかのように、自民党や総務省からは「再編」という言葉が頻繁に聞かれるようになってきました。
しかし、こうした議論の前に、まず必要なのは、各地方局の経営強化に向けた自助努力だと私は強く主張したいです。なぜなら、こうした自助努力という前提がなければ、仮に規模を大きくする再編を行ったとしても、いずれ同じ問題に直面することが明らかだからです。テレビマンたちの間でも「努力したところとそうでない企業の間で大きな差が出る」という声を耳にする機会が増えており、地方局は待ったなしで、地域とネットを繋ぐ独自の戦略を確立する必要があるでしょう。SNSなどでの反響を見ても、地域独自の番組や企画は、ネット時代においても「価値あるコンテンツ」として視聴者に受け入れられていることが分かります。
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