世界を股にかけるモーターの巨人、日本電産が今、創業以来の大きな**「地殻変動」に直面しています。その背景には、電気自動車(EV)や次世代通信規格「5G」の普及といった産業構造の根本的な変化と、カリスマ経営者である永守重信会長の後継問題、という二つの巨大な転換点が存在しているのです。永守会長は、2019年1月には米中貿易戦争の影響による中国の景気変調に対し「尋常ではない変化が起きた」と警鐘を鳴らし、その発言は「中国ショック」として株式市場を震撼させました。しかし、市場のリスクを敏感に見極めつつも、他社が慎重になる分野にこそビジネスチャンスを見出し、組織を前進させるのが日本電産流と言えるでしょう。
事実、社内の慎重論をよそに、日本電産は水面下で進めていた総額約800億円に上るEV関連の中国投資を敢行しています。創業からおよそ50年でモーターの世界的大手へと駆け上がった原動力は、60件を超えるM&A**(合併・買収:企業の買収や統合を指し、事業拡大の迅速な手段です)に加えて、永守会長というオーナー経営者の**「才覚」が極めて大きかったと断言できます。しかし、永守会長が2019年8月で75歳を迎える今、カリスマ経営に依存しない「集団経営」への移行は避けて通れない最大の課題であると言えるでしょう。
永守会長は、「5つの大波」として「5G」の普及など5分野を挙げ、全社的な事業構造の変革を急いでいます。その最優先事項が、自動車の「電動化」と「自動運転」への対応です。2019年4月には中国の浙江省で新工場が稼働し、総額約300億円を投じて将来的に年間60万台分のEV用モーター生産を見込んでいます。さらに、遼寧省でも約550億円を投じる新工場計画が進行中です。日本電産は、2019年3月期に約3,000億円で全体の約20%を占めた車載事業の売上高を、2021年3月期には6,000億円へと倍増させる目標を掲げています。
EVの「心臓部」とも言える駆動モーターは、すでに中国の広州汽車集団系の2車種での採用が決定しており、大谷俊明専務執行役員によれば「中国や欧州を中心に約15社から引き合いがある」という活況を呈しています。永守会長は、「パネルを内製していたテレビメーカーが競争力を失ったように、車でも同じ事が起きる」と未来を見据えており、単にパーツを単体で売る従来の事業モデルからの脱却を図っているのです。これは、自動車産業が既存の大手メーカー(かつては米ビッグスリーと呼ばれました)から、新興メーカーが多数勃興する「スモール100」へと構造変化するとの予言が現実になりつつある状況への戦略的な一手と見るべきでしょう。EVはモーターや電池などの基幹部品の「水平分業」を促進しやすく、新規参入の障壁が下がっているのです。
この新たな時代に対応するため、日本電産は2019年4月、オムロンの車載事業を約1,000億円で買収すると発表しました。自社の駆動用モーターに、オムロンの制御システムやセンサーを組み合わせることで、新興メーカーを含む幅広い企業に対し、「中核部品をパッケージ」として納入するビジネスモデルを構築しようとしています。永守会長が目指すのは、パソコンの頭脳に米インテルの半導体が入る「インテル・インサイド」になぞらえた「Nidec(日本電産)インサイド」戦略です。これは、EVやロボットといった未来の産業において、日本電産が中核技術を握る「プラットフォーマー」としての地位を確立しようという壮大な狙いが込められています。
「EVメーカーになるつもりはない」と永守会長は明言しつつも、必要な技術をM&Aで獲得し、低価格かつ高性能な中核部品で先行することで、完成車メーカーが頼らざるを得ない存在を目指しているのでしょう。家電製品と同様にEVの「コモディティー化」(市場で製品の差別化が難しくなり、価格競争に陥りやすくなる現象です)が進んだ時、中核部品で高いシェアを確保できれば、安定したキャッシュフローを臨機応変に得られるという計算が働いていると考えられます。
しかし、その道のりは決して平坦ではありません。独自動車部品大手のボッシュをはじめとする巨大なライバルが存在し、中国企業も国家的な支援を受けてモーター分野に注力しているため、将来的に価格や技術面で強力な競争相手となる可能性は非常に高いでしょう。
SNSでの反響と「ポスト永守」体制の行方
日本電産のこの果敢な挑戦に対し、SNS上では早くも大きな反響が寄せられています。特に「Nidecインサイド」という戦略には「さすが永守会長、先見の明がある」「モーターのインテルになるという発想が面白い」といった期待の声が多く見受けられる一方で、「ライバルのボッシュや中国勢の追い上げは激しいだろう」「集団指導体制への移行で、あのスピード感を維持できるのか」といった懸念の声も目立っています。この反応は、日本電産という企業の魅力が、その「カリスマ性とスピード」に強く依存してきたことの裏返しとも言えるでしょう。
永守会長は、いずれ訪れる「永守不在」の時代を見据え、「100年後も成長するソリューションの会社」を目指すべき姿としています。それを実現するのは、時代に合わせて柔軟に稼ぐ力と、優秀な人材の継続的な育成です。現在、日本電産の社内では、リーマンショックやタイの洪水といった危機に際して、永守会長や経営陣がどのように議論し、判断を下したかを記録する「アーカイブ」が着々と整備されています。これは、カリスマ経営に頼らない組織へと移行するための重要な仕組みづくりなのです。
米アップルやソニーなど、カリスマ創業者の退任後に苦境に立たされた企業は少なくありません。永守会長自身も「10年間苦しんだのが後継問題だった」と認めておられます。2018年6月に永守氏の後継社長に就任した吉本浩之氏は、日産自動車などを経て日本電産に入社した経歴を持ち、買収後の統合作業(PMI)における細やかさには定評がございます。
現在は、毎週、吉本社長ら幹部5人による「COO会議」を開催し、そこで決定した事項を永守会長に仰ぐという体制が導入されました。吉本社長は「いつまでも創業者に甘えているわけにはいかない。集団指導でもスピードを堅持する」と意気込みを語っています。しかし、トップダウンによる迅速な意思決定という日本電産の最大の強みを、集団指導体制で受け継ぐことは容易ではないでしょう。ソフトバンクの孫正義氏やファーストリテイリングの柳井正氏など、他のカリスマ経営者が後継者を据えながらも軌道修正を余儀なくされた事例は少なくありません。
永守会長の「経営をなめるな。会社は自分たちで守るしかない」という言葉は、未来への大きな覚悟を示しているに違いありません。100年後の企業の存続をかけて、日本電産が切るこの舵取りは、多くの企業が抱える「集団指導とスピードの両立」**という経営課題の行方を占う、非常に重要な実験場となるでしょう。
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