コシノジュンコ×美輪明宏が火花を散らした夜!伝説の舞台「毛皮のマリー」衣装制作秘話とクリエイターの美学

1967年、日本の演劇界に衝撃を与えたアングラ劇団「天井桟敷」の代表作「毛皮のマリー」。この伝説的な舞台の裏側では、時代を象徴する天才たちの美意識が激しく火花を散らしていました。衣装デザインを任されたのは、飛ぶ鳥を落とす勢いのデザイナー、コシノジュンコさんです。彼女がこの大役に抜擢されたきっかけは、意外にもパーティーでの破天荒なパフォーマンスでした。上半身裸の男性にロウソクの火を垂らすという、彼女らしい大胆な遊び心が主宰の寺山修司さんの心を射止めたのです。

主役のマリーを演じるのは、当時シャンソン歌手として絶大な人気を誇っていた美輪(丸山)明宏さんです。寺山さんが彼女のために書き下ろしたこの作品は、女装した男娼が美少年を育てるという、倒錯と美に満ちた物語でした。しかし、制作現場は穏やかではありません。衣装を巡ってコシノさんと美輪さんの間で、真っ暗な劇場内に声が響き渡るほどの激しい口論が巻き起こったのです。妥協を許さない創造者同士のプライドがぶつかり合う、スリリングな幕開けとなりました。

コシノさんが提案したのは、当時としては極めて斬新な「不織布」を用いた衣装でした。これは繊維を織らずに絡み合わせたシート状の素材で、現代のマスクや防護服の先駆けとも言えるものです。彼女はディスコでブラックライトに反応して光るこの素材の幻想的な美しさに着目し、衣装への採用を熱望しました。しかし、美輪さんは「タイトルが『毛皮のマリー』なのだから、毛皮を着るのが筋よ」と一歩も譲りません。凡庸さを嫌うコシノさんの革新性と、役のリアリティを重んじる美輪さんの美学が真っ向から対立した瞬間でした。

SNSなどのネット上では、このエピソードに対し「天才同士の喧嘩は次元が違う」「こだわりがあるからこそ名作が生まれる」といった感銘の声が多く寄せられています。結局、この衣装論争は美輪さんが私物の毛皮を着用することで決着を見ました。自身の提案が受け入れられなかったことに納得がいかないコシノさんは、その場面のクレジットから名前を外すよう寺山さんに直訴したほどです。自身のクリエイティビティに対する、妥協なき姿勢がうかがえるエピソードと言えるでしょう。

トラブルは衣装だけにとどまりませんでした。美術担当の横尾忠則さんが制作したセットが、なぜか舞台の寸法に合わないという前代未聞の事態が発生したのです。怒った横尾さんがセットをすべて持ち帰ってしまうという波乱に見舞われましたが、ここでも美輪さんが私物の家具を持ち込んで急場をしのぎました。こうした混沌とした状況こそが、エネルギーに満ちた当時の「アングラ文化」の真髄だったのかもしれません。常識を打ち破る熱量が、現場には渦巻いていました。

数々の困難を乗り越えて1967年の初演を迎えると、舞台は大成功を収めました。観客や批評家からも絶賛され、後にドイツ、アメリカ、フランスと海外公演を重ねる国際的な評価を獲得するに至ります。現場では金子國義さんや四谷シモンさんといった、当時のカルチャーシーンを牽引する仲間たちが顔を揃えていました。振り返れば、コシノさんはいつの間にか新時代の象徴として、文化の渦のど真ん中に立っていたのです。激動の時代が生んだ、まさに美しき格闘の記録でした。

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