共感の声多数!「つい見栄を張ってしまう」のはなぜ?日常に潜む虚栄心の正体とSNS時代の承認欲求

人は誰でも、他人から「良く見られたい」という心理、いわゆる見栄(みえ)や虚栄心(きょえいしん)を持っています。これは、自分の実態以上に自分を大きく見せよう、体裁を取り繕おうとする心の働きであり、必ずしもネガティブな要素ばかりではありません。時には自己成長の原動力にもなり得ますが、日々の生活の中では、ちょっとした行動として現れることが多いようです。2019年6月8日付の日経生活モニター会議の調査結果からも、そのリアルな実態が浮き彫りになってきました。

特に目立つのは、「ケチな人だと思われたくない」という強い意識からくる行動でしょう。たとえば、スーパーの特売品だけを買うつもりで来店した30代の女性が、「もう1つ何かカゴに入れる」というエピソードは、まさに典型的な見栄の例と言えます。また、自宅にゲストを招く際、普段は安価な発泡酒(はっぽうしゅ)を飲んでいても、お客様には「本物のビール」を用意するという60代男性の行動も、相手に対して少しでも良い印象を与えたいという体裁を繕う(ていさいをつくろう)心理から来ています。

さらに興味深いのは、「値引きクーポンを使えない」という50代男性の事例です。これは経済的な合理性よりも、スマートでない、あるいは金銭的に余裕がない人だと見られることへの恐れが勝ってしまう状態です。インターネット上、特にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及によって、他人の生活が可視化されやすくなった現代において、「他者からの評価」を気にしすぎるあまり、このような行動をとってしまう方は非常に多いと推測されます。SNSでは、多くのユーザーが「リア充」(リアルの生活が充実していること)ぶりをアピールする傾向があり、それを見た人々が「自分も負けたくない」「仲間外れにされたくない」という心理から、さらに見栄を張った投稿や行動に走るという悪循環も見受けられるものです。

見栄の背景にあるのは、多くの場合、「自己肯定感の低さ」や「承認欲求」です。承認欲求とは、「他人から認められたい」「褒められたい」という普遍的な欲求ですが、これが過剰になると、ありのままの自分ではなく、理想の自分を演じようとします。つまり、見栄は弱い自分を隠すための「鎧(よろい)」なのです。私個人としては、適度な見栄は向上心につながるため、あって良いものだと考えますが、それが日常的なストレス源となり、経済的・精神的な負担になるほどであれば、立ち止まって考えるべきではないでしょうか。

他人の目を気にすることなく、自分自身の価値観を大切にし、「等身大の自分」を認められるようになることが、結果として最も自分らしく、そして魅力的に生きるための鍵となるでしょう。この調査で明らかになったように、見栄を張ってしまう行動は一部の人だけのものではありません。誰もが持っている普遍的な心理なのですから、まずは「自分は見栄を張っているかもしれない」と自覚することから、一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。

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