2019年08月04日の深夜、日本中が眠れぬ興奮に包まれたのを覚えているでしょうか。ゴルフの全英女子オープンにおいて、渋野日向子選手が劇的なバーディーパットを沈めて優勝を飾った瞬間です。彗星のごとく現れた彼女の笑顔は、多くの人々に「突然現れた新星」という印象を与えたに違いありません。しかし、実は彼女、この快挙より前に国内で2勝を挙げ、日本人賞金ランキングでもトップを走っていた実力者だったのです。
それほどの実績がありながら、なぜ彼女は世間的に「無名」だったのでしょうか。SNS上でも「これほどの選手をなぜ今まで知らなかったのか」という驚きの声が溢れました。その背景には、現代社会が抱える「情報過多」という大きな壁が存在しています。今の女子プロゴルフ界は、毎年のように新たなスターが誕生する群雄割拠の時代です。ファンであっても全ての選手を把握しきれないほど、情報の波が押し寄せているのが現状でしょう。
特に象徴的なのが、1998年から1999年生まれの選手たちを指す「黄金世代」というカテゴリーです。勝みなみ選手や畑岡奈紗選手といったスターが揃うこの集団に、渋野選手も属していました。しかし、マーケティングの世界には「カテゴリー内で消費者が瞬時に思い出せるブランドは3つまで」という法則があります。露出が先行していた他の選手たちの影に隠れ、彼女が「黄金世代の主要メンバー」として認識される機会は限られていたのです。
実際のメディア露出量を見ると、その差は歴然としています。2016年から全英女子オープン直前までの主要新聞5紙における記事登場回数を調査したところ、トップの畑岡選手が2574回だったのに対し、渋野選手はわずか165回に留まっていました。これでは、熱心なゴルフファン以外が彼女を認識できなかったのも無理はありません。ブランドが人々の記憶に刻まれ、興味・関心の対象となるには、露出の頻度と一定の「蓄積期間」が不可欠なのです。
この状況は、新商品がなかなかヒットしない現代の消費市場と酷似しています。市場が成熟し、商品も情報も溢れかえる中で、消費者の「脳内シェア」を勝ち取ることがいかに困難であるかを物語っているでしょう。私は、今回の「シブコ・フィーバー」は単なる実力の結果だけでなく、情報過多の時代において「圧倒的な成果」がいかに既存の壁を突き破る力を持っているかを証明した事件だと考えています。
情報過多の時代を勝ち抜く「目利き」と「拡散」の重要性
現代のマーケティングにおいて、電通のような大手広告代理店ですら「大量の広告を打てば売れる」という従来の常識が通用しないと見ています。まずはターゲットを絞り込み、ネット広告などで反応を確認しながら、手数を打って拡散力を高める戦略が主流となっているのです。情報が刺さりにくい時代だからこそ、偶然の奇跡を待つのではなく、いかにして消費者の脳内に深く入り込むかが勝負の分かれ目となります。
ここで特筆すべきは、渋野選手の才能をいち早く見抜いていた存在です。カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長は、彼女の立ち振る舞いや内面に注目し、全英女子オープンで優勝する前からスポンサー契約を打診していました。多くの人がメディアの露出量や既存の評判という先入観で判断する中で、本物の「原石」を見つけ出す力こそ、今の日本社会やビジネス界に最も求められている能力ではないでしょうか。
渋野選手は全英制覇後、一気に国民的スターへと上り詰めました。彼女のプレースタイルや笑顔は、理屈を超えて人々の心に「刺さった」のです。メディアがこぞって彼女を取り上げる今、私たちはその輝きに目を奪われがちですが、埋もれていた時期の彼女を支えた実力と、それを見抜いた視点には学ぶべき点が多くあります。情報に流されるのではなく、自らの眼識を養うことの大切さを、彼女の快挙は改めて教えてくれました。
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