トヨタとスズキが資本提携!「100年に1度の変革期」を生き抜く創業家同士の固い絆と戦略の全貌

2019年08月28日、自動車業界に激震が走るビッグニュースが飛び込んできました。日本を代表する巨頭であるトヨタ自動車とスズキが、互いの株式を持ち合う「資本提携」への合意を発表したのです。現在、車社会は「CASE」と呼ばれる次世代技術の台頭により、これまでにない荒波の中にあります。SNS上でも「ついにこの2社ががっちり組んだか」「最強のタッグ誕生」と、驚きと期待の声が次々に上がっており、業界の勢力図が塗り替えられる瞬間を誰もが実感しているようです。

今回の提携の背景には、単独での生き残りが極めて困難だという両社の切実な判断が存在します。自動車業界は今、電動化や自動運転、シェアリングといった複数のイノベーションが同時に押し寄せる、まさに「100年に1度の変革期」の真っ只中に置かれているからです。特に、巨大な開発コストが重くのしかかるなかで、スズキのような中堅メーカーが最新の環境技術を自前ですべて賄うのは至難の業でしょう。そこで、世界トップクラスの技術力を持つトヨタとの連携は、未来への切符を手にするための必然的な選択だったと言えます。

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「遠州」の地が育んだ織機メーカーとしての共通のルーツ

実を言うと、この2社の結びつきは一朝一夕に生まれたものではありません。両社には、静岡県西部の「遠州」という地域をルーツに持つという、不思議な共通点があるのです。トヨタグループの礎を築いた豊田佐吉氏と、スズキの創業者である鈴木道雄氏は、共に自動織機、つまり布を織る機械の製造から事業をスタートさせました。その後、時代を先読みして自動車産業へと参入した経緯まで重なっており、いわば同じ「ものづくりのDNA」を共有している仲間のような存在なのです。

2018年10月30日、豊田佐吉氏の命日に開催された「顕彰祭」には、スズキの鈴木修会長が姿を見せました。この祭典は創業者の功績を称える神聖な場であり、そこへ他社のトップが足を運ぶことは、単なるビジネスパートナー以上の親密さを物語っています。鈴木修会長は2017年11月にも同祭に参加しており、創業家同士が育んできた深い信頼関係が、今回の資本提携という大きな決断を下すための土台となったのは間違いありません。血の通った交流こそが、ドライな資本の論理を超えたのです。

危機を救った豊田家の恩義と、過去の苦い教訓

スズキにとってトヨタは、かつて倒産の危機から救ってくれた「恩人」でもあります。1970年代、排ガス規制に対応するエンジンの開発に苦戦したスズキに対し、当時のトヨタ社長であった豊田英二氏が救いの手を差し伸べた歴史がありました。このとき、トヨタと縁の深いダイハツ工業からエンジン供給を受けられたことで、スズキは窮地を脱したのです。鈴木修会長が1978年06月に社長に就任した際、先代から「困ったときはトヨタを頼れ」と遺訓を授かっていたというエピソードも、今や現実のものとなりました。

一方で、スズキが「トヨタという大きな傘」を求めた裏には、過去の苦い経験も隠されています。かつて提携した米ゼネラル・モーターズ(GM)は経営破綻により関係が解消され、その後に組んだ独フォルクスワーゲンとは経営方針を巡って泥沼の裁判劇を繰り広げることになりました。グローバルな巨大資本に翻弄され続けたスズキにとって、価値観を共有できる国内メーカーとの強固な結びつきは、悲願だったのかもしれません。自立した経営を守りつつ、後ろ盾を得るという極めて高度な戦略と言えるでしょう。

2020年01月30日には、カリスマ経営者である鈴木修会長が90歳の卒寿を迎えます。さらに2020年03月には、スズキの前身である鈴木式織機株式会社の設立からちょうど100周年という記念すべき節目を控えています。この歴史的なタイミングでトヨタとの関係を盤石にしたことは、次の100年を見据えた「終活」ならぬ「新生への準備」ではないでしょうか。個人的には、独自の個性を放つスズキがトヨタの技術を得て、どんな面白い車を世に送り出すのか、期待に胸が膨らんで止みません。

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