2019年6月13日時点で、世界に衝撃を与えた米ボーイングの最新鋭機「737MAX」による2度の墜落事故から、すでに3ヵ月が経過しました。この新型機は依然として運航再開の見通しが立たず、製造元であるボーイングの業績に与える影響も懸念されています。本記事では、この未曽有の事態の背景にあるとされる「操縦の高度な自動化」と「格安航空会社(LCC)の急成長」という二つの要素について、元日本航空の機長であり、国土交通省の交通政策審議会委員も務められた航空評論家の小林宏之氏に、その見解を詳しく伺いました。
小林氏によると、連続事故の有力な原因として指摘されているのは、「MCAS」と呼ばれる自動制御ソフトウェアの誤作動です。このシステムは、機体が急上昇し、失速の危険が生じた際に機首を自動的に下げて回避する機能を持っています。しかし、最終的な事故調査報告書はまだ公表されていませんが、このソフトウェアが誤作動を起こし、機首が勝手に下がり続けて墜落に至ったとの見方が専門家の間で有力視されているのです。これは、かつてのパイロット時代と比較して、航空機の操縦における自動化が著しく進展したことと、乗員の数が削減された現在の状況が、事故の背景にあると指摘されています。
もちろん、737MAXにもシステムの不具合が発生した場合に、人間が手動で操縦に切り替える「バックアップ体制」が備わっているはずですが、今回の事故ではそれが適切に機能しなかった模様です。もしパイロットに対して、この緊急時の操作方法が十分に周知されていなかったとすれば、安全教育体制に対する航空会社の責任も問われるでしょう。実際、墜落事故以前にも米国の航空会社で同様の不具合が発生したケースがありましたが、その際はパイロットの的確な対応によって事故を未然に防いでいます。しかしながら、今回事故を起こした航空会社の中にはLCCも含まれており、徹底したコスト削減意識が、乗員へのトレーニングが不十分であった可能性につながっているとの厳しい指摘も出ているのです。
この737MAXの運航停止措置は、国際的な対応の遅れと、航空行政の審査体制にも波及しています。ボーイングはすでにソフトウェアの修正を公表しているため、本来であれば、2019年6月中に運航が再開されてもおかしくはありません。ところが、アメリカ国内では、運航開始に先立つ米連邦航空局(FAA)による認可の判断が甘かったのではないかという批判が噴出し、審査体制の厳格化が避けられない情勢です。さらに、中国や欧州の航空当局も運航を停止しており、米中経済摩擦が激しさを増す中で、政治的な理由が絡み、各国での対応にばらつきが出る可能性も考えられるでしょう。
運航停止による業績への影響が懸念されるボーイングですが、小林氏は737MAXの機体そのものは燃費性能に優れ、ハードウェアとしては極めて優秀であると評価しています。航空会社からの大量のキャンセルが相次ぐような事態は発生しておらず、2019年5月にボーイング本社を訪問した際には、737の生産工場は高水準の稼働を維持していたとのことです。運航が再開されれば、販売は順調に進むとの見方を示しており、ボーイングの長期的な競争力は維持されるでしょう。
安全は人にあり!「リダンダンシー」と訓練充実の重要性
小林氏は、今回の事故を教訓とした再発防止策として、まず航空機開発の側面で「リダンダンシー(冗長化)」の確保を強く主張しています。リダンダンシーとは、システムの一部に障害が発生した場合でも、他の部分が代替機能を提供し、全体としての機能を維持する設計思想のことです。規制当局による新型機の許認可においても、この冗長化という概念に基づいて審査することが望ましいでしょう。しかし、小林氏がより重要だと強調するのは、人的要因への対応です。航空機事故の原因の大半は「ヒューマンエラー」であるという事実を踏まえ、パイロットのトレーニングの充実が欠かせない要素だとの見解を示しています。
私は、小林氏の意見に全くもって同感です。どれほど最新鋭の技術で操縦が自動化されても、最終的にそのシステムを操作し、緊急事態に対応するのは「人間」です。この「使うのは人だ」という根本的な認識を、航空業界全体に深く浸透させることが、何よりも再発防止への鍵となるでしょう。SNS上でも、この事故を機に「パイロットの技術を軽視する風潮は危険だ」「コストカットが安全性を脅かしている」といった意見が多く寄せられており、航空会社の安全体制への関心が高まっていることが伺えます。
記者である松井基一氏の視点からも、航空機市場の成長がもたらす「ひずみ」が指摘されています。日本航空機開発協会(JADC)の予測によれば、2038年の世界のジェット旅客機数は2018年比で7割増の約4万機に達し、特に短距離輸送が中心となるLCCが牽引する中小型機「リージョナル・ジェット」の伸びが著しい見通しです。この急激な市場の拡大は、深刻な担い手不足を招き、世界の航空機パイロットの需要は2030年までに現状の2倍、アジア・太平洋地域ではなんと4倍にまで増加すると試算されているのです。
アジアの新興国では、パイロットの主要な供給源が空軍出身者に依存しており、需要に合わせた急激な人材増加は困難な状況です。さらに、一人のパイロットを育成するのにかかるコストが1,500万円から2,000万円という高さも、人材確保の足かせとなっています。日本の航空会社でさえ、外国人や60歳以上のシニアパイロットの採用に踏み切るなど、パイロットの確保に苦戦している状況が現実です。
このように航空業界全体で人材の需給が逼迫している状況は、低コストを最大の武器とするLCCにとっては大きな打撃となるでしょう。結果として、パイロットの研修費用などを削減しようとする圧力が生じかねず、航空会社間の激しい競争が安全への投資を怠る誘因となってしまう危険性があります。航空機メーカーも、航空会社も、市場の成長に浮かれることなく、いかなる状況下でも安全への投資を確保し、決して手を緩めてはならないと強く提言いたします。
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