米国の中央銀行、連邦準備理事会(FRB)が、来るべき景気後退期に備えるための新たな金融政策の枠組みについて、本格的な検討を開始したことが注目を集めています。現在、世界経済は**「低成長・低インフレ」の状況が常態化しており、FRBの政策金利**(フェデラルファンド金利)を引き下げる余地が限られているのが実情です。もし景気が後退した場合、従来の金融緩和手段だけでは対応しきれない可能性があります。こうした差し迫った問題意識から、FRBは今のうちに、次の危機でどのような追加的な緩和策を講じられるのかを議論しているのです。パウエル議長も、最近の講演でこの検討の主要な領域として「物価目標」「政策手段」「市場とのコミュニケーション」の三点を明確に挙げており、その行方に世界中が熱い視線を送っています。
なかでも最も革新的かもしれないのが「物価目標」の見直しです。従来の2%という目標に対する新しい仕組みとして検討されているのが、目標と実際の物価との間に生じた過去の乖離(かいり)を埋め合わせるような政策運営です。例えば、過去2年間、物価上昇率が目標の2%を下回っていた場合、次の2年間は平均が2%になるように、実際の物価が2%を超過して上昇することを一定期間容認する、という考え方です。これに類する方法として、「物価水準目標」を設定することも議論の対象です。この仕組みの背後にある理論は、物価が下振れした際、家計や企業が「中央銀行は将来、過去の未達分を埋めるために強力な緩和を行うはずだ」と合理的に予想し、結果として現在の消費や投資を増やすことで、景気や物価の変動幅を小さく抑えられる、というものです。
この考え方は、日本銀行が採用している**「オーバーシュート・コミットメント」(物価上昇率が安定的に2%を超えるまで緩和を続けるという約束)と類似性**があります。しかし、FRBが検討している方法は、過去の未達分を埋め合わせることを明確に約束する点で、日銀の政策よりもさらに踏み込んだものです。ただ、家計や企業が中央銀行の将来の政策運営を完全に信頼し、常に合理的に行動するという前提は、現実にはやや非現実的かもしれません。SNSでも「物価目標の埋め合わせは、インフレ期待を制御するのが難しくなりそう」「政策の予測可能性は高まるが、副作用も懸念される」といった、専門家や投資家からの様々な意見が飛び交い、活発な議論の的となっています。
金融政策の「道具箱」と市場との対話の進化
次に「政策手段」については、すでに各国の中央銀行が実績を持つ大規模な資産買い入れ、いわゆる量的緩和は、次の景気後退局面でも有力な選択肢として残るでしょう。一方で、「マイナス金利政策」については、米国では大きな壁があります。特に国債を運用対象とするMMF(マネー・マーケット・ファンド)の利回りがマイナスとなることは、多くの投資家にとって受け入れがたい可能性が高いでしょう。また、日本でのマイナス金利導入の経験は、銀行の収益性や銀行株に不確実な影響をもたらすことを示唆しており、米国FRBも慎重にならざるを得ません。
こうした背景から、FRBの関心は、日本でマイナス金利政策の副作用を緩和する枠組みとして導入された「イールドカーブ・コントロール(YCC)」のように、長期金利の制御を目指す政策に向かうのではないか、と私は考えます。イールドカーブ・コントロールとは、中央銀行が特定の長期国債の金利を操作目標とし、その金利が目標水準を超えそうになったら国債を買い入れ、下回りそうになったら売却するという、市場介入を通じて金利水準をコントロールする手法です。ただし、この政策を実施するには、長期金利全般を職人芸のような高いスキルで巧みに操作できる金融調節部署の存在が前提条件となります。
三つ目の領域である「市場とのコミュニケーション」についても、修正が加えられる見込みです。これまで、米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の将来の政策金利の見通しを点で示した「ドットチャート」に市場の注目が集まりすぎ、かえって誤解を招くことがあったという経緯が背景にあります。この点も、何らかの形で情報提供の方法が修正され、より意図が伝わりやすく、市場の混乱を招きにくいコミュニケーションを目指すことになるでしょう。FRBは、今後、学術界や有識者との議論を深めた上で、2019年後半にはFOMCでの議論を開始し、その検討成果を公表する予定です。
私見を述べますと、このFRBの動きは、現代の経済環境における金融政策の限界を率直に認め、積極的にその革新を目指す姿勢であり、非常に評価すべきであると感じます。低金利・低成長の時代に、中央銀行が景気後退への備えを怠ることは許されません。しかしながら、市場への影響も考慮し、FRBは革新的な変化を一気に導入することは避け、漸進的な移行を目指すはずでしょう。この極めて重要な問題について、日本としても米国での議論から学び取れることは多く、その行方を注視していくことが不可欠です。
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