我々にとって、バスは非常に身近な交通手段であり、その市場規模は驚くほど巨大です。年間の利用者数は約45億人にものぼり、これは国内線の飛行機(1億人)や新幹線(4億人)を遥かに凌ぐ規模で、1兆6千億円という巨大な市場を形成しています。しかし、その多くを零細企業が占めているため、情報技術、すなわち**IT(アイティー)**の導入が遅れており、いまだに電話やファックスによる受発注が多いのが現状でした。この伝統的な業界に、今、テクノロジーの力で安全面も含めた抜本的な改革に挑む企業が登場し、大きな変革の波を起こしています。
中でも、高速バス大手のウィラー(大阪市)は、まさに業界の**風雲児(ふううんじ)**と呼ぶべき存在でしょう。同社は、個室のようなプライベート感を重視したラグジュアリーな高速バスを次々と導入することで、多くのファン、特に20代から30代の女性から絶大な支持を集めることに成功しました。会員の約7割がこの層で占められ、チケット販売もほぼオンラインで完結しているという点も、従来のバス業界の常識を打ち破るものです。アイドルグループのコンサートなどでは、大量の女性ファンが同社のバスを利用して移動する様子が頻繁に見受けられます。
バス事業において、車両の**稼働率(かどうりつ)は重要な経営指標です。ウィラーは、この稼働率を高めるために、ビッグデータという膨大な量のデータを解析し、需要を正確に予測しています。これにより、コスト削減を実現し、結果として競争力を高めるという好循環を生み出しているのです。さらに同社は、次世代の移動サービスであるMaaS(マース)**事業にも積極的に取り組んでいます。MaaSとは「Mobility as a Service」の略で、様々な交通手段をITで連携させ、一つのサービスとして提供する仕組みのことです。これは今や世界中の交通事業者を巻き込んだ巨大なムーブメントとなっていますが、ウィラーはこのMaaSを地域観光に活かす取り組みを進めています。
具体的には、2019年6月現在、北海道の知床周辺で実証実験を展開中です。ここでは、鉄道駅と観光地を結ぶ二次交通(主要な交通手段に接続する地域内の移動手段)としてバスを活用しています。また、トヨタ自動車が開発した1人乗り電気自動車(EV)である「アイロード」なども組み合わせて、シームレス、つまり切れ目のない移動を提供しようと試みています。2019年7月には、ルート検索から予約、決済までをアプリで完結できるサービスを開始し、同年10月には、地域内を自由に移動できる乗り放題チケットの販売も予定されているとのことです。この挑戦は、移動体験を劇的に向上させるものと大いに期待できるでしょう。
テクノロジーで実現!個人が主役となるオーダーメイド体験ツアー
ウィラーとは異なるアプローチで革新的な新サービスを提供しているのが、「バスケット」というプラットフォームサービスです。これは、自分だけのオリジナルの貸し切りバスツアーを誰もが簡単に企画・作成できるサービスです。バス会社との見積もり交渉や手配といった煩雑な業務を自動化することで、これまでハードルの高かったバスツアーの企画を、誰でも手軽に行えるようにしたのです。
さらに、運営会社であるワンダートランスポートテクノロジーズ(東京・目黒)が旅行会社も兼ねることで、ツアーの募集や参加費の支払いもインターネット上で対応可能となりました。これにより、より一層手軽に、個性豊かな体験ツアーを生み出すことが可能となっています。例えば、著名なうどんライターである井上こんさんが企画した、うどんの名店を巡るツアーには、なんと海外からのお客様、すなわちインバウンド(訪日外国人)まで参加したそうです。また、発酵ツーリズムのコミュニティが山梨県で甲州ワインのワイナリーや蔵元を巡るツアーを計画するなど、多彩なテーマのツアーが生まれています。
近年、観光の価値は単なる観光地巡りから、その土地ならではの体験へと大きくシフトしています。体験をプロデュースできる才能豊かな人々が、移動手段と集客の機能をテクノロジーによって手軽に手に入れられるようになれば、日本人だけでなくインバウンドをも心から満足させる、魅力的な旅が今後ますます数多く生まれてくることでしょう。
「これまでは、バスや電車といった乗り物を持っている人たちが移動の主役でした。しかし、テクノロジーによって民主化され、移動はもっともっと自由になります」と、バスケットを運営するワンダートランスポートテクノロジーズの西木戸秀和社長は力強く語っています。私の見解としても、この**「移動の民主化」**は、旅行業界だけでなく、地域経済全体に大きな活性化をもたらす可能性を秘めていると思います。誰でも気軽に移動の企画者になれることは、既存の交通網では拾いきれなかった新たな需要を掘り起こすことにつながるでしょう。
バスは道路さえあればどこへでも行けるという、元々高いポテンシャルを持っています。そして、自動運転技術は今後、高速道路などを皮切りに確実に普及していくことが予測されます。既存の巨大な市場規模と、これから起きるであろう技術革新を考え合わせると、バス業界は今後劇的に変化していく業界であることは間違いありません。こうした業界の変革者たちが起こす挑戦に、私は心から大きな期待を寄せている次第です。
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