世界中のプラスチック製品や衣料品の基となる「エチレン」の市場に、今まさに大きな地殻変動が起きています。2019年09月12日現在、アジア市場におけるエチレン価格は1トンあたり860ドル前後で推移していますが、かつての勢いは影を潜めています。背景にあるのは、泥沼化する米中貿易摩擦と、米国から押し寄せる圧倒的な供給圧力です。好調を維持してきた石化業界は、大きな転換点を迎えているといえるでしょう。
エチレンとは、石油由来の「ナフサ」などを精製して作られる、化学工業において最も基本的な原料の一つです。これまでは「ナフサとの価格差(スプレッド)」が、業界の儲けを示すバロメーターとして機能してきました。かつては1トンあたり600ドルを超えることもあったこの差が、現在は400ドル程度まで縮小しています。SNS上でも「石化メーカーの収益悪化は避けられない」といった、先行きを不安視する声が目立ち始めています。
衣料品需要の停滞と供給過剰が招く「負の連鎖」
価格の重荷となっている要因の一つが、合成繊維の原料となる「エチレングリコール(MEG)」の不振です。中国での衣料品需要が伸び悩む一方で、生産設備が増強されたことにより、MEG価格は2019年05月に約10年ぶりの安値を更新しました。これを受け、アジアの主要メーカーが減産に踏み切った結果、本来使われるはずだったエチレンが市場へ溢れ出しています。需要の冷え込みが供給過剰を招く、厳しい循環が生まれているのです。
さらに深刻なのが、米国で「シェールガス(エタン)」を原料とした安価な合成樹脂が増産されている点です。経済産業省のデータによれば、2018年の米国のポリエチレン生産能力は約2000万トンに達し、2016年比で2割以上も拡大しました。米国の輸出拡大は、アジア産のポリエチレンの立場を脅かしており、これが回り回って原料であるエチレンの価格を下押ししています。米国産の圧倒的な「量」の攻勢は、もはや無視できないレベルにあります。
2020年への懸念、世界を駆け巡る米国産エチレンの影
今後の市場を占う上で鍵となるのが、物流の進化です。米国では2019年以降、メキシコ湾岸に巨大な輸出設備が整備され、2020年末には年100万トン規模の出荷能力がフル稼働する見通しです。エチレンは輸送が難しく「地産地消」が基本でしたが、今後は米国からアジアや欧州へダイレクトに供給される時代がやってきます。しかし、米中対立の影響で中国が米国産に高関税をかけている現状では、この膨大な供給をどこが飲み込むのか、不透明感が漂います。
私自身の見解としては、現在の市場は単なる価格変動ではなく、供給構造そのものが変わる「パラダイムシフト」の真っ只中にあると感じます。環境問題への関心が高まり、プラスチックへの風当たりが強まる中で、この供給過剰をどう乗り越えるかが問われています。かつての「ナフサ差600ドル」という黄金時代の再来を期待するのは、今はまだ時期尚早かもしれません。今後も、大国間の政治的駆け引きが市場に落とす影を注視する必要があるでしょう。
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