MBAから博士課程へ!バークレー校で挑んだ理論の深淵とマーケティングの真髄

2019年09月12日、一橋大学の名誉教授が綴る「私の履歴書」は、カリフォルニア大学バークレー校での熱き研究生活の転換点を迎えています。フランセスコ・ニコシア教授という恩師の導きにより、2年間の経営学修士(MBA)コースを無事に修了されました。修士論文の提出義務はなかったものの、教授の研究プロジェクトに参画し、米国のスーパーマーケットを比較研究したワーキングペーパーをまとめ上げたのです。

MBAとは「Master of Business Administration」の略称で、経営学の高度な知識を習得した者に授与される学位を指します。本来であれば、この学位を手に富士電機製造へと復職する予定でした。しかし、未知の領域を解き明かす研究生活の醍醐味に触れたことで、その心境には劇的な変化が訪れます。日本へ帰国して会社員に戻るよりも、研究という「水に合う」世界でもっと高みを目指したいという情熱が芽生え、博士号(Ph.D.)の取得を強く決意されたのでした。

博士課程への挑戦をニコシア教授に相談したところ、バークレー校とコロンビア大学の両校へ応募するよう背中を押されました。社会学の巨星ポール・ラザースフェルドが在籍するコロンビア大も魅力的でしたが、結果として合格した両校の中から、勝手知ったるバークレー校での継続を決断します。慣れ親しんだ環境と、尊敬するニコシア教授のもとでさらに深く学びたいという、研究者としての純粋な敬愛の念がそこにはありました。

会社への義理を通すべく、富士電機の奥住高彦勤労部長に意向を伝えると、予想外の温かい言葉が返ってきます。「いいよ。行けよ」という快諾に加え、博士号取得までを長期出張扱いにするという、驚くほど寛大な配慮がなされたのです。SNS上でも「こんな上司が欲しかった」「当時の日本企業の度量の深さに驚く」といった、企業の懐の深さを称賛する声が多く見受けられます。こうして、背水の陣ではなく、力強い支援を受けて博士課程の門を叩くことになりました。

スポンサーリンク

全米トップの壁!社会学という深淵な学問への挑戦

意気揚々と踏み出した博士課程でしたが、その道は決して平坦ではありませんでした。マーケティングを専門とする傍ら、副専門として選んだのは社会学でした。当初は、数学や統計学を多用する経済学や心理学を避け、いわば「消去法」で選んだ道だったといいます。しかし、当時のバークレー校の社会学は全米ランキングで首位を走る最難関であり、周囲は全米から集まった選りすぐりの秀才ばかりという、過酷な環境が待ち受けていました。

社会学には、アンケートなどの数値を用いる「定量分析」と、インタビューや文献から背景を読み解く「定性分析」の2つの手法があります。著者は「やさしそう」という印象を抱いていましたが、それは大きな誤算でした。タルコット・パーソンズの直弟子であるニール・スメルサー教授や、方法論の権威アーサー・スティンチコーム教授による指導は、徹底して「理論をいかに構築するか」という学問の本質を突き詰めるものだったのです。

授業の題材となったのは、マックス・ウェーバーの古典的名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』です。倫理が経済システムを形作るという複雑な因果関係を、ウェーバーがどう証明したのかを検証するプロセスは、まさに理論作りのケーススタディーでした。この緻密な知的作業を通じて、著者は理論構築の面白さに目覚めていきます。単なるデータの集積ではなく、現象の裏側にある論理を見つけ出す快感に浸っていったのでしょう。

ハーバード・ビジネス・スクールが事例重視の「経験主義」を掲げるのに対し、バークレー校は徹底した「理論派」として知られていました。実学としてのMBAで育った著者にとって、この極めて分析的な方法論との出会いは、研究者としての骨格を作る貴重な体験となったのです。激しい競争の中に身を置きながら、確かな理論の翼を手に入れようとする姿には、現代のビジネスマンや学生にとっても、真の学びとは何かを問い直す強い力があります。

私はこの記事を読み、未知の分野へ飛び込む勇気と、それを支える周囲の信頼関係に深く感銘を受けました。自分の得意不得意を冷静に分析しつつ、最終的には最も困難な「理論」の壁を楽しみながら乗り越えていく姿勢は、まさに編集者としても見習うべき探究心だと言えるでしょう。一見遠回りに見える社会学の深い学びが、後のマーケティング研究においてどれほどの深みを与えたのか、その後の展開が非常に楽しみでなりません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました