日本のビジネス界において、企業の成績表とも言える決算書類の信頼性を左右する「監査報告書」が、今まさに大きな転換期を迎えています。2019年09月13日現在、投資家や経営者の間で熱い視線が注がれているのが、通称「KAM(カム)」と呼ばれる新しい仕組みです。これは英語の「Key Audit Matters」の略称で、日本語では「監査上の主要な検討事項」と定義されています。これまでの形式を一変させるこの取り組みは、市場の透明性を高める切り札として期待されているのです。
これまでの監査報告書といえば、専門家がその決算を「適正」か「不適正」かと短く判定するだけの、極めてシンプルな形式が一般的でした。しかし、過去には「適正」と太鼓判を押されたはずの企業で、後から不正会計が発覚するケースが後を絶ちませんでした。こうした事態を受けて、世間からは「監査人が具体的にどこをチェックし、何に苦労したのかをもっと詳しく説明してほしい」という切実な声が上がったことが、今回の制度変更の大きな背景となっています。
SNS上でもこの動きは話題となっており、「これまでブラックボックスだった監査のプロセスが見えるようになるのは画期的だ」といった好意的な意見が多く見られます。一方で、「形式的な記述に終始して、結局中身が伴わないのではないか」といった慎重な見方も散見されます。こうした期待と不安が入り混じる中、いよいよ2021年03月期から本格的な導入が始まりますが、実は既にこの新しい波を先取りして、自ら情報を開示した先進的な企業が存在します。
三菱ケミカルHDが示した「開示の先駆者」としての指針
その注目すべき企業とは、三菱ケミカルホールディングスです。同社は制度の義務化に先駆け、EY新日本監査法人とともに、監査で特に注意を払った「KAM」に相当する事項をいち早く公開しました。具体的には、巨額の買収に関連する「のれんの評価」や「繰延税金資産」など、計4つの重要ポイントを挙げています。これらはどれも企業の財務状況に直結する非常にデリケートな項目であり、開示には相応の覚悟が必要だったに違いありません。
ここで専門用語を少し解説しましょう。「のれん」とは、企業を買収した際に支払った金額のうち、相手企業の純資産を上回る「ブランド力や技術力」などの無形価値を指します。また「繰延税金資産」は、将来支払う税金が安くなる効果を資産として計上するものです。これらはどちらも経営者の主観的な判断や将来予測が入り込みやすいため、一歩間違えれば粉飾のリスクを孕む部分でもあります。だからこそ、監査人がどこにリスクを感じたかを明かすことには大きな意味があるのです。
私は、このKAMの導入こそが「企業の誠実さ」を測る新たなバロメーターになると考えています。リスクを隠すのではなく、あえて公表することで経営の透明性を証明する姿勢こそが、真の信頼を勝ち取る道ではないでしょうか。もちろん、企業側には「弱みを晒したくない」という抵抗感もあるでしょう。しかし、監査人が毅然とした態度で情報を開示し、投資家もそれを冷静に分析する文化が根付くことで、日本市場全体のレベルが一段階引き上げられることは間違いありません。
投資家の皆さんに心得ておいてほしいのは、KAMにリスクが記載されたからといって、即座にその企業が危ないというわけではない点です。むしろ、どこに注意すべきかが明確になったことで、より深い建設的な対話が可能になります。企業、監査人、そして投資家の三者が、この新しいツールをどう育てていくかが今後の鍵となるでしょう。2019年09月13日、私たちは今、対話の質を変える歴史的な一歩を目の当たりにしているのです。
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