人生の岐路において、信頼できる師や友との出会いは何物にも代えがたい財産となります。日本銀行の審議委員を務める鈴木人司氏にとって、その一人は意外にも一軒の理髪店主でした。1989年、いわゆる平成元年に三菱銀行ニューヨーク支店から本店営業部へ帰任した際、彼は前任者から「バーバーイガラシ」という床屋を引き継ぎました。そこは、10歳年上の店主・五十嵐和夫さんが営む、温かな社交場のような場所だったのです。
五十嵐さんは鋭い洞察力の持ち主で、散髪後にはお酒を酌み交わしながら仕事の悩みに耳を傾けてくれる、兄貴分のような存在でした。二人の絆を深めたのは、50回にも及ぶ過酷な釣行です。主な舞台は伊豆諸島の三宅島で、金曜の夜から2泊3日で荒波に挑むスタイルが定番でした。こうした「仕事以外の真剣勝負」を通じて築かれた信頼関係は、現代の希薄になりがちな人間関係において、非常に羨ましく、かつ尊いものに感じられます。
そんな二人が、2000年代後半に挑んだのが、青ヶ島よりさらに南に位置する「ベヨネーズ列岩」を目指す遠征プロジェクトでした。海底火山の高まりであるこの海域は、潮の流れが速く、釣り人にとっては憧れの聖地です。しかし、自然の猛威は彼らの行く手を阻みました。八丈島で足止めを食らった一行は、ようやく出航に漕ぎ着けるも、目的地を断念して青ヶ島近海での船釣りに切り替えるという、苦渋の決断を迫られることになります。
生死の境で試される「真の胆力」と達観の境地
当初は想定以上の大漁に恵まれ、船上は歓喜に包まれていました。ところが、状況は一変します。南方から急加速して北上してきた台風により、波の高さは9メートルにまで達したのです。これはビルの3階に相当する巨大な水の壁が、太平洋のど真ん中で船を襲う絶望的な状況です。両舷から海水が滝のように流れ込み、鈴木氏は「運が悪ければ死ぬ」という、文字通りの死線を彷徨うことになりました。SNSでも、こうした極限状態でのメンタリティに注目が集まっています。
恐怖に支配されそうな中、場を鎮めたのは五十嵐さんの一言でした。「命運は船長と神様に任せて眠ろう」と静かに語り、自ら船底の柱に体を縛り付けて眠りに就いたのです。この達観した振る舞いに、鈴木氏も落ち着きを取り戻しました。専門用語で言えば、こうした「マインドフルネス」にも通じる自己制御の極致が、死の恐怖を克服させたのでしょう。この体験が、その後の厳しい金融政策の判断や、人生の困難を乗り越える強い精神的支柱となったのは間違いありません。
私たちが日常で直面するストレスは、9メートルの荒波に比べれば小さなものかもしれません。しかし、五十嵐さんのように「変えられない運命を受け入れる潔さ」を持つことは、現代社会を生き抜くための最強の武器ではないでしょうか。この記事を通じて、自分にとっての「柱」となる存在や、恐怖に立ち向かう覚悟の大切さを、改めて再確認していただければ幸いです。死を覚悟した経験があるからこそ、人は真に強く、そして優しくなれるのでしょう。
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