長らく日本社会の大きな課題となっている少子化。2018年の日本の合計特殊出生率は1.42と、3年連続で低下しており、この現状から抜け出す活路はなかなか見いだせない状況が続いています。そんな中で、大きな注目を集めているのが「令和ベビー」の存在です。新しい時代への区切りとなる「令和」という言葉の持つお祝いムードや、覚えやすい年号にあやかって、子どもを授かろうという動きが広がっているのです。この祝賀ムードを背景に、関連するベビー用品の商戦が既に始まっており、少子化が深刻な自治体も、この「令和ベビー」に次代への大きな希望を託している様子がうかがえます。
実際に、東京・墨田区にある子ども向け写真館「スタジオアリス錦糸町店」には、令和の始まりを記念して、初のお子さんの誕生を記録に残そうと、多くのご夫婦が撮影に訪れていました。例えば、5月5日にお生まれになった美和ちゃんのご両親は、「予定日が5月5日。早めに生まれるかドキドキしていましたが、せっかくなら令和ベビーでと願っていました」と、新しい時代に合わせたご出産の喜びを笑顔で語っていらっしゃいました。スタジオアリスでも、改元と誕生が重なるおめでたい節目であり、生後およそ30日以降に迎えるお宮参りの記念撮影が増えることを期待しているとのことです。
このベビーブームを予感させる動きは、商戦にも波及しています。教育関連事業を展開するベネッセコーポレーションは、令和ベビーに特化した記念ギフトを5月9日に発売しました。このギフトは出産祝いの返礼品として、カステラなど約80種類の商品をそろえ、「令和元年」の文字をパッケージに印字した年内限定商品となっています。同社によれば、特に価格帯の高い商品が好調に売れており、その売り上げは当初の計画の2倍以上にも上っているとのことで、消費者の期待の高さがうかがえるでしょう。
子どもがほしい人向けの専門誌である『妊活たまごクラブ』の米谷明子編集長は、「令和ベビーブームはきっと来る」と断言されていました。最近の読者へのアンケート調査では、なんと妊娠中の方の約2割が「改元を意識して妊活をした」と回答しているそうです。特に、平成元年にお生まれになったご両親が、お子さんが令和元年生まれになることを望むケースが目立っているとのこと。「親子ともに元年生まれ」という、めったにないタイミングを大きなチャンスと捉える意識が強いようです。
過去の事例を見てみると、2000年には「ミレニアムベビー」ブームが起きています。この年、出生数は119.1万人(出生率1.36)となり、前年1999年の117.8万人(同1.34)、翌年2001年の117.1万人(同1.33)と比べて増加しました。この傾向から、米谷編集長は「元年に間に合わなかったとしても、来年なら五輪ベビーが期待できます。これから出生数は増えていくでしょう」と、今後の出生数の増加に前向きな見通しを示していらっしゃいました。
長年にわたる人口減少に直面している地方自治体も、この令和ブームに大きな期待を寄せています。愛媛県鬼北町では、「令和ベビーを待っています」と、町民生活課の担当者が期待に胸を膨らませていました。同町では少子化対策として、2019年度に出産祝い金制度を新設しており、赤ちゃんが生まれた世帯に1人あたり5万円を支給することにしました。4月から5月にかけて、既に11件の申請があり、昨年の出生数41人というペースを上回る勢いです。担当者は「令和ベビーが増えることになったら、喜んで補正予算を組みます」と、前向きな姿勢を示していらっしゃいました。補正予算とは、国や地方公共団体において、すでに成立した予算に追加や変更を加える予算のことです。
同様に、青森県今別町も、第1子に10万円を支給するなど、出産祝い金制度を導入し、少子化に立ち向かっています。こちらでは、まだ制度導入後の支給実績は1件で、町内初の令和ベビーの誕生はこれからとのことですが、町民福祉課の担当者は「早く令和ベビーが生まれてほしい」と、切なる願いを口にしていらっしゃいます。次世代へとつながる赤ちゃんの誕生は、まことにほほ笑ましいことですが、私たちは冷静に、この「令和ベビーブーム」というムードが、いつまで続くのか、その持続性を見極める必要があるでしょう。過去の事例からも、単なるムードに頼るだけでは、少子化の流れを継続的に変えることは困難である、ということが実証されているからです。
過去の「失政」が示すムード頼りの危うさ
平成が終わりを迎えた2019年4月30日、瀬戸内海に浮かぶ小島(おしま、今治市)で、1994年に開業し、多くの子どもたちに自然との触れ合いの場を提供してきたキャンプ場「風の顔らんど・小島」の撤去作業が始まりました。少子化による利用者の減少が閉鎖の理由です。実は、このキャンプ場は、1990年代初頭に当時の厚生省が展開した少子化対策キャンペーン「WELCOME BABY キャンペーン」の収益金でつくられたものでした。
このキャンペーンは、1989年の出生率が1.57と戦後最低を記録し、少子化が社会問題化したことを受けて展開されたもので、歌手の小田和正さんらが作詞・作曲したキャンペーンソング「僕らが生まれた あの日のように」が1993年に大ヒットしました。当時の厚生省は、子どもを持つことの素晴らしさを若い世代に印象づけ、イメージ戦略によって少子化の流れを変え、出生率回復を狙ったのです。しかし、当時の政府の「イメージ戦略だけで流れを変えられる」という見通しは、今から振り返ると、あまりにも甘かったと言わざるを得ません。
キャンペーンソングのCDはヒットしたものの、そのメッセージは若者の心に深くは響かず、その後も少子化は加速の一途をたどってしまいました。また、「ミレニアムベビー」の増加も、結局は一過性の現象に終わり、出生数は2001年以降、再び減少傾向に戻っています。当時の小泉純一郎内閣が「待機児童ゼロ作戦」を少子化対策として掲げたのも、2001年のことですが、この「待機児童ゼロ」は、いまだに一度も実現されていません。
この過去の経緯を鑑みると、私たちの社会が直面している課題は明確です。それは、単に「おめでたいムード」や「イメージ戦略」だけでは、少子化という根深い社会構造の問題を解決できないということです。多くの方が子どもを持ちたいと願いながらも、保育所の入所問題や仕事と子育ての両立の難しさ、そして高い教育費といった、出産後の様々なハードルを前にして、出産をためらっているのが現実でしょう。私は、この「令和ベビー」への期待は素晴らしいものだと考えますが、その勢いを真の反転攻勢につなげられるかどうかは、国や自治体、そして企業が、これらの具体的な障壁を取り除くための実効性のある政策を、迅速かつ力強く実行できるかどうかに、全面的にかかっていると言えるでしょう。
コメント