東京・銀座に店舗を構える創業1946年の老舗ボタン専門店「ミタケボタン」の4代目、小堀孝司さん(60歳)は、自らの肩書を「ボタンニスト」と名乗っていらっしゃいます。ボタンのスペシャリストを意味するその肩書のとおり、同店は国内外から客足が絶えないボタンの聖地となっています。約25平方メートルの店内は、さながらボタンの小宇宙です。壁面を埋め尽くす1500以上の引き出しには、現代的なデザインからオリジナル品、貴重なコレクターズアイテムまで、国内外で厳選して買い付けたボタンが種類別に収められています。大きさや色違いを含めると、その総数は1万種類以上にも上るというのですから、驚くべき品揃えでしょう。
ミタケボタンが扱うボタンは、そのデザイン性と品質を基準に、小堀さんが「上質」と認めたものだけを集めています。例えば、フランスの高級注文服、オートクチュール(高級仕立服)に使用されていたルネマルシャン社の製品や、イタリアの名門劇場であるスカラ座の衣装に使われたもの、さらには欧州の王室向けボタンメーカーの作品など、他の店ではなかなか手に入らない珍しい逸品が、手頃な1000円前後から手に入ります。その一方で、ショーケースには一点が25万円という値が付くアンティーク品も並べられ、ボタンの奥深さを感じさせます。染めや彫り、装飾の精緻さ、素材など、細部にまでこだわったラインナップは、まさに眼福と呼べるものです。
小堀さんは、上質さへの強いこだわりを持っていらっしゃいます。たとえば、「これはキャメルボーン(ラクダの骨)とマンモスの牙でできたボタンです。どちらも白さに温かみがあるものの、質感や光沢が微妙に違うでしょう?」と、素材の違いが生み出す奥深い魅力を丁寧に説明されます。特にキャメルボーンは、探し当てるのに数年かかったという逸話が残されており、その情熱が伝わってきます。平坦な印象の女性用ベージュジャケットを例に取り、ボタンを付け替えるだけで、いかにイメージが劇的に変わるかを実演で見せてくださいました。水牛の黒ボタンなら伝統的な装いに、ゴールドならクラシックな雰囲気に、シルバーならマニッシュ(男性的な)な印象へと変化します。小堀さん一押しのキャメルボーンは、高級感を保ちながらもカジュアルな要素を加え、見る者を魅了します。「見比べてみると面白いでしょう?」という小堀さんの言葉に、ボタンが持つ無限の可能性を感じずにはいられません。
ミタケボタンは、小堀さんの祖父が創業しました。当時は注文服が主流で、仕立て店が主な顧客でした。最盛期には店舗数が10店にまで増えたといいますが、時代が進み、工場で大量生産される既製服が市場を席巻するようになると、同店もアパレル企業向けの卸売りに業態を転換しました。小堀さんが経営を継いだ2000年代には、洋服の低価格化が進み、粗悪で色落ちするようなボタンが日本市場に大量に流入する事態が発生しました。この影響で、高い技術力を持つボタンメーカーが次々と経営難に陥るのを目の当たりにした小堀さんは、「上質なボタンが世の中から失われていくことに危機感を抱きました。この素晴らしい技術をなんとかして継承しなければならない」という使命感に駆られます。廃業する他店の在庫品を集める一方で、海外のヴィンテージ市場やコレクターからの買い付けを精力的に続け、徹底的にボタンにこだわった現在の店舗の形を築き上げていかれました。
このこだわり抜いたミタケボタンに、まず目をつけたのはファッションブランドのデザイナーたちでした。「インスピレーションを得られる場所がある」と、東京コレクションで活躍するアカネウツノミヤやコーヘンといった国内ブランドのデザイナーが足繁く通うようになります。次第に「このボタンの色を変えて、ブランドロゴを入れることはできないか?」といった、オリジナルボタンの開発依頼が舞い込むようになりました。その評判は広がり、やがて一般の個人客も増加し、ミタケボタンは卸と小売りに加えて、オリジナル品の開発・製造までを手掛ける「ボタンニスト」の店として進化を遂げたのです。この一連の動きは、SNSでも「#ミタケボタン」「#ボタン沼」といったハッシュタグとともに拡散され、その圧倒的な品揃えと小堀さんの審美眼への賞賛が集まっています。特に「探していたボタンが見つかる」「ボタン一つで服が蘇る」といった体験談は、多くのファッション愛好家にとって魅力的に映っていることでしょう。
ボタンで個性を際立たせる!広がる男性のカスタマイズ需要
近年、特に伸びを見せているのが、男性客からの需要です。「手持ちのスーツをカスタマイズ(自分好みに作り変えること)したい、と来店されるお客様が多い」と、店舗スタッフは話されています。2019年6月のある日も、都内在住の20代の男性会社員が、ダブルボタンの紺ブレザーを手に来店されました。「イギリスとアメリカ、二つの国のイメージを持たせて、仕事でもプライベートでも使えるようにしたい」という具体的な要望を持っていらっしゃいました。
小堀さんとスタッフは、その要望をもとに、布地とボタンの相性などを見極めながら、約30分かけてボタンの候補を絞り込んでいきました。最終的に選ばれたのは、袖ボタンを元からついていたものを片袖に一つずつ残し、残りを異なる種類に替えるというユニークな組み合わせです。袖の一番上は金縁に赤いエナメル(七宝、あるいは光沢のある塗料)を施したボタン、その他はシンプルなゴールドボタンです。柄はワシとライオンを組み合わせ、二つの国のイメージである「英米」を表現しました。フロントボタンも含めた計12点のボタン代と、付け替えの費用を合わせて約4万円となりましたが、男性客は「まったく違うものになった」と、その劇的な変化に大変満足して帰られたそうです。洋服のデザインがシンプル化し、カジュアル化(日常的で気軽な装いになること)が進む中で、「ボタンで個性を出したい」という若い男性客が着実に増えている傾向が見られます。
私が思うに、小堀さんの「ボタンニスト」としての活動は、単なるボタンの販売に留まらず、ファッションにおける「サステナビリティ(持続可能性)」、つまり、一つの洋服を長く愛用する新しい価値観を提案しているのだと感じます。安価な既製服が溢れる時代だからこそ、ボタンを付け替えるというわずかな手間と投資で、服に新たな命を吹き込み、自分だけの特別な一着へと昇華させる喜びは、計り知れないでしょう。小堀さんは「ボタンは洋服の主役ではない。でも付け替えるとがらりと印象が変わります。この楽しさを、多くの人に知っていただきたい」と熱意を込めて語られます。この「ボタンニスト活動」は、着実に多くのファッションファンを魅了し続けていることは間違いありません。ぜひ一度、銀座のミタケボタンを訪れ、ご自身の服をカスタマイズする楽しさを体験していただきたいものです。
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