【イキウメ】現代演劇の寵児・前川知大が生んだ傑作『関数ドミノ』を深掘り!超常現象が映し出す平成の社会心理

現代演劇の世界では、約10年周期で時代を牽引する才能が登場してきました。たとえば、1950年代の木下順二氏や、60年代の唐十郎氏、70年代のつかこうへい氏、80年代の野田秀樹氏といった面々が、その時代ごとの演劇界を象徴しています。しかし、劇場が相次いで建設され公演数が激増した1990年代以降、かつてのようなカリスマ的な存在は現れにくくなっていました。そんななか、2010年代に入り、彗星のごとく現れ、演劇界で注目を集めているのが劇作家・演出家の前川知大(まえかわともひろ)氏です。

前川氏が2003年に結成した劇団イキウメは、「生きたまま彼岸をのぞく」という独自の創作姿勢からその名が付けられました。彼岸、すなわちあの世や悟りの境地を、生きたまま垣間見るというこの姿勢は、「人は皆、生まれながらにして生き埋めにされている」という、ある種の諦念にも似た認識を表現していると言えるでしょう。かつて寺山修司氏が肉体の衰えを哀歌にしたのに対し、前川氏が創り出す舞台は、むしろこの世ならぬ超常現象に惑いながらも、最終的には生きる力を見出す人々の姿を描き出している点が特徴的です。この唯一無二のストーリーラインこそが、観客を強く魅了してやまないのでしょう。

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不可解な交通事故から広がる「ドミノ」という名の社会の歪み

イキウメが2005年に初演した『関数ドミノ』は、前川氏が作・演出を手掛けた名作として知られています。この物語は、ある奇怪な交通事故を巡って展開していくのです。見通しの悪い交差点で道路を横断していた2人の男性のうち、渡り切れなかった1人と車が衝突するという事故が発生しました。驚くべきことに、車は激しく大破したにもかかわらず、衝突された男性はかすり傷一つなく無傷で、反対に車の助手席にいた運転手の妻が重傷を負ってしまったのです。保険会社の調査員が目撃者を交えて真相を突き止めようとしますが、謎は深まるばかりとなってしまいます。

そんななか、目撃者である真壁薫という人物が、突如としてドミノなる奇妙な説を唱え始めます。彼は、世の中には「思いの強さによって願ったことが必ず叶う」ドミノという存在がおり、社会はそのドミノを中心に動いており、誰もそれに逆らうことはできないと主張するのです。衝突した男性が無傷だったのは、先に道路を渡りきった男性こそがドミノであり、彼の強い願いが奇跡を引き起こしたのだと彼は語ります。最初は呆然としていた参会者たちも、その後にそれらしい不可解な出来事が次々と起こり始めると、次第にその言葉に心を乱されていくのです。

【演劇批評】「関数ドミノ」が映し出す平成の心象風景とSNSの反響

これは、まさに幻想に囚われていく人間の心の物語と言えるでしょう。超常現象のような非日常的な出来事に人々が流されていく過程が、現代的な言葉遣いやユーモアを交えながら、きわめてリアルに描き出されています。観客は思わず笑ってしまうと同時に、その奇妙なロジックに深く引き込まれていくのです。ドミノという存在が象徴しているのは、デジタル時代特有の右か左かの二者択一的な思考や、人を勝ち組・負け組に峻別する格差社会、そしてその流れに乗れずに「割を食っている」と感じる人々の不満の急増、といった平成のムードだったのではないでしょうか。私見ですが、この作品は、経済の停滞や未来への不確実性から、論理的な解ではなく、目に見えない力や運命といったものに希望や責任を転嫁したいと願う人々の心理を鋭く捉えた、まさに時代が生んだ演劇の傑作だと感じます。

この作品は2005年の初演後、2009年、2014年と再演されるたびに改編が加えられ、常に進化し続けてきました。特に、劇団公演ではなくワタナベエンターテインメントの主催で上演された2017年版の舞台は、真壁薫役を演じた瀬戸康史氏の不気味なほどの「うすら笑い」が不穏な雰囲気を醸し出し、大きな話題を呼びました。瀬戸氏は、この演技で芸術祭演劇部門の新人賞を受賞しています。演出の寺十吾(じつなしさとる)氏も、登場人物たちの心の流れをきわめて丹念に掬い取っており、舞台の心理的な深みを増しています。

DVD化されたのは、この2009年版をもとに制作された2017年版の舞台であり、ポニーキャニオンから税別6,000円で発売されています。DVDのリリースや再演のたびに、SNSでは「#関数ドミノ」のハッシュタグとともに「摩訶不思議な世界観にハマった」「最後の解釈が難しくて何度も観たくなる」「瀬戸康史さんのドミノ説得力がすごかった」といった感想が多数寄せられており、その反響の大きさは、この作品が現代人の心の奥底に響く力を持っていることの証でしょう。前川知大氏(1974年生まれ)は、東洋大学哲学科を卒業後、『プランクトンの踊り場』で鶴屋南北戯曲賞、『太陽』で読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞し、小説『散歩する侵略者』は黒沢清監督によって映画化されるなど、現代日本を代表するクリエイターとして活躍の場を広げているとのことです。

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