【人間国宝】野村万作、米寿の節目に舞う「三番叟」!原点の芸が放つ、幸福と喜びの力

狂言の最高峰に立つ人間国宝、野村万作氏が、2019年6月22日に東京・渋谷の国立能楽堂で、米寿(88歳)を祝う会を開催しました。この記念すべき舞台で万作氏が選んだ演目は、ご自身が「自身の原点」と語る**『三番叟(さんばそう)』**です。このニュースは大きな話題となり、SNSでも「日本の至宝の舞台は絶対見逃せない」「万作さんの三番叟は特にエネルギーがすごい」「狂言は初めてだけど、人間国宝の米寿の舞は見てみたい」といった、熱量の高い反響が多数寄せられており、日本の伝統芸能への関心の高まりをうかがわせます。

『三番叟』とは、能楽の中でも特に儀式的な意味合いが強い儀礼曲『翁(おきな)』の一節を独立させた演目です。五穀豊穣、つまり豊かな実りや平和を祈願する、大変おめでたい舞いとして知られています。その構成は独特で、前半は力強い足の踏み込みである足拍子を用いて、躍動感あふれる舞を見せます。そして後半は、神聖な鈴を振り鳴らしながら、より荘重で神々しい雰囲気へと変化していくのが大きな特徴です。万作氏は、1950年に二世万作を襲名した際の初演以来、この『三番叟』に数え切れないほど取り組み、その芸を研ぎ澄ましてきました。

万作氏は、この舞の醍醐味を「音楽に合わせて舞うのではなくて、対抗しながら、引っ張り合いながら舞う」点にあると語ります。これは、単にリズムに乗るのではなく、囃子(はやし)との間に緊張感や駆け引きを生み出すことで、舞台全体に深い表現力と生命力を与えるという、熟練の芸にしかできない境地です。一般的に、このような力強い舞には若さが必要とされますが、万作氏は「劇場空間に幸福とか、喜びとかいうものの雰囲気をまき散らすのは、年をとった人間であるからこそできる」とも力強くおっしゃっています。これは、長年の研鑽と人生経験が、観客の心に直接響く、特別な空気感を舞台に作り出すことを意味しているのでしょう。円熟の境地に達した万作氏の舞は、まさに至福の時を与えてくれるに違いありません。

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芸の深みと、役への「優しさ」

万作氏の父であり、同じく人間国宝だった六世野村万蔵氏は、79歳でこの世を去られました。万蔵氏が晩年、「舞台が怖い」と漏らしていたという言葉を、万作氏は今になって深く理解できるようになったそうです。「間違えちゃいけない」「喜んでいただかなきゃいけない」「見本的な芸をしなくちゃいけない」といった、舞台への計り知れないプレッシャーや、観客の期待に応えようとする責任感が、非常に神経を使わせることを実感しているのでしょう。しかし、その一方で、年齢を重ねるごとに意識するようになったのは「役に対する優しさ」だと言います。

例えば、狂言の演目である『栗焼(くりやき)』での太郎冠者が、焼栗をめぐるやり取りの中で栗に対して親しみを込めた言葉をかけるように、役柄を形づくるもの一つ一つに愛情を注ぐこと、すなわち「役を愛することが、役を深めていくことだ」と万作氏は解説されています。これは、狂言という様式化された伝統芸能にあって、単に型を守るだけでなく、その根底にある人間味や情感を深く掘り下げ、観客に共感させる力を生み出すという、万作氏独自の美学ではないでしょうか。この「優しさ」こそが、狂言という芸術を世代を超えて愛され続けるものにする秘訣だと思います。米寿を迎えてなお進化し続ける野村万作氏の芸は、私たちに深い感動と、生きることの喜びを改めて教えてくれるでしょう。

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