インドのベンガル湾に面した活気あふれる都市、ビシャカパトナム。通称「バイザック」と呼ばれるこの地の経済特区に、日本の製薬大手であるエーザイが重要な拠点を構えています。2019年10月01日現在、ここで製造される「DEC錠」という治療薬が、世界の投資家たちから熱い視線を浴びているのをご存知でしょうか。この薬は、蚊を媒介して寄生虫が体内に侵入し、足などが激しく腫れ上がる「リンパ系フィラリア症」の治療に用いられるものです。
アジアを中心に約10億人が感染リスクにさらされているこの恐ろしい病に対し、エーザイは2013年からインド製の治療薬を世界中へ無償で提供し続けています。その数は累計で19億錠という驚異的な規模に達しました。一般的な感覚では、これほど大規模な寄付は単なる社会貢献活動に見えるかもしれません。しかし、同社の内藤晴夫社長は「これはビジネスの一環である」と断言しており、そこには緻密に計算された経営戦略が隠されているのです。
SNS上では、この取り組みに対して「これこそが真の社会貢献と利益の両立だ」「日本企業が世界で尊敬される理由がここにある」といった称賛の声が多く寄せられています。目先の利益を追うのではなく、長期的な視点でブランド価値を高める姿勢に共感する人々が増えているのでしょう。無償配布を通じて新興国での知名度を飛躍的に向上させることは、将来的にその市場でビジネスを展開する際の強力なアドバンテージになることは間違いありません。
「無償」が利益を生む魔法。管理会計が解き明かす驚きのカラクリ
なぜ薬を配ることが利益につながるのでしょうか。その鍵の一つは、工場の稼働率にあります。DEC錠を大量生産することで工場全体の稼働が安定し、他の製品も含めた製造原価をトータルで引き下げる効果が期待できるのです。さらに注目すべきは、従業員の定着率です。難病制圧に貢献しているという誇りが、バイザック工場の離職率を5%弱という、同業他社の15%超と比較しても極めて低い水準に抑え、教育コストの削減にも寄与しています。
エーザイの最高財務責任者(CFO)である柳良平氏の分析によれば、これらの要素を「管理会計」の視点で統合した結果、薬の無償配布プロジェクトは2018年度に実質的な黒字へと転換しました。管理会計とは、経営判断に役立てるために社内で行う独自の数値管理のことですが、これによって「善行」が「数字」として裏付けられたのです。単なるボランティアではなく、企業価値を論理的に高める投資であるという証明は、極めて画期的と言えます。
今、世界の資本市場では「株主至上主義」を見直す大きなうねりが起きています。2019年8月には米国の主要企業で構成されるビジネス・ラウンドテーブルが、企業の目的は株主利益だけではないという声明を発表しました。エーザイが定款に掲げる「患者満足の増大」というミッションは、まさにこの潮流の先を行くものです。社会的な使命を本業として定義し、それを投資家に論理的に説明する姿勢こそ、これからの企業に求められるスタンダードになるでしょう。
筆者の個人的な見解としても、社会的な価値を生み出せない事業は、長期的には市場から淘汰される運命にあると考えます。命に関わる製薬業界に限らず、あらゆるビジネスは社会との接点なしには存続できません。エーザイの挑戦は、利益とミッションが矛盾するものではなく、むしろ互いを高め合う「正の連鎖」を生むことを教えてくれています。こうした「志のある経営」が日本から世界へ広がっていくことを、心から期待せずにはいられません。
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