💊【2019年】医療費削減の切り札?「費用対効果評価」の本格導入で日本の医療はどう変わるのか

日本のみならず、世界的な課題となっている医療費の高騰。この問題に一石を投じる動きとして、厚生労働省は2019年度から「費用対効果評価」を考慮した新しい薬価ルールを本格的にスタートさせました。これは「医療技術評価(Health Technology Assessment:HTA)」の導入を意味しており、財政への影響が大きい医薬品や医療機器について、投じられた費用とそれによって生み出される治療効果や健康上の利益を客観的に検証する制度です。試行期間を経て、奇しくも新元号「令和」の初年度が、日本の医療財政の未来を占うこの制度の本格元年となりました。

この流れは、医療保険財政の悪化を強く懸念する財務省とも意識を共有しています。2019年5月21日、麻生太郎財務大臣が、当時非常に高額な白血病治療薬「キムリア」の保険適用を前に、「高額医薬品の保険適用には、費用対効果を見極めるべきだ」と発言しました。財務大臣が医療の費用対効果に言及することは極めて異例であり、国の財政当局がこの制度に寄せる期待の大きさがうかがえます。

「キムリア」は、一部の白血病患者などを対象とする画期的な遺伝子治療、具体的には「CAR-T細胞療法」に用いられる新薬です。米国での価格が約5,000万円とされていたため、日本での価格設定に大きな注目が集まっていました。最終的に、1回あたり3,349万円と決定し、公的医療保険が適用される国内の薬としては過去最高額となりました。患者の自己負担額は高額療養費制度により60万円ほどに抑えられるものの、このようなバイオ医薬品の開発が進むにつれて、高額な医薬品が次々と市場に登場し、公的医療保険財政への懸念をさらに加速させているのです。「キムリア」自体も今後、新制度の対象として、価格の見直しが検討されることになります。

では、日本は医療費の面で世界的に見てどうなのでしょうか。経済協力開発機構(OECD)の統計(2017年)によれば、日本の保健医療支出の対国内総生産(GDP)比は10.7%で、加盟35カ国中6位という位置付けです。G7の中では、アメリカ、フランス、ドイツに次ぐ4位であり、「医療費削減」という点で日本は必ずしも優等生とは言えず、構造的な改革を求められている国の一つであることは間違いありません。

こうした背景のもと、費用対効果を考慮した新しい薬価制度が導入されました。すでに試行期間中には、高額ながん治療薬「オプジーボ」と乳がん治療薬「カドサイラ」が値下げとなり、C型肝炎治療薬など5品目は価格が据え置きと評価されています。また、医療機器では大動脈瘤治療機器「カワスミ」が費用対効果に優れていると判断され、2018年4月に値上げが決定しました。この制度の最大の特徴は、単に保険適用するかどうかを判断するだけでなく、その医療技術が価格に見合う「価値」があるかを検証し、価格調整を行う点にあります。これは、最善の価値の実現を目指す「価値に基づく医療」の一環であり、限定的ではあるものの、医療技術の評価における画期的な第一歩だと言えるでしょう。

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費用対効果評価の具体的な仕組みと指標

費用対効果評価は、まず(1)市場規模が大きい、または単価が著しく高い医薬品・医療機器を対象として選定することから始まります。ただし、治療方法が十分にない希少疾患や小児のみに使われる品目は対象外です。次に、(2)企業が分析を行い、その結果を提出します。この分析では、ある医療に投じられた費用を、その医療がもたらす正味の健康上の利益、つまり「健康で質の高い状態で生きられた年数」を示すQALY(クオリー)で割った「増分費用効果比(ICER)」という数値で指標化されます。

この企業分析結果に基づき、(3)国立保健医療科学院が主体となって公的な検証・再分析を行い、(4)中央社会保険医療協議会(中医協)で総合的な評価が下されます。重要なのは、この評価が保険適用の可否に使われるのではなく、あくまで(5)すでに保険収載された品目の価格調整に用いられるという点です。値下げの調整には、1クオリーあたり500万、750万、1000万円という3つの基準値と4段階方式が採用されています。抗がん剤など配慮が必要とされた品目には、1クオリーあたり1500万円を上限とする緩和された基準が適用されることになっています。

中医協は今後、この新制度の適切な運用と事例の集積を進め、選定基準や分析プロセス、価格調整方法などについて、さらなる充実を図る方針を示しています。特に、現在のICERだけでは医療技術が持つ多面的な価値を十分に反映できていないため、ルールの改善も並行して検討する必要があるでしょう。

費用対効果評価が抱える根本的な課題

この日本方式には、いくつかの根本的な問題が積み残されています。まず、世界保健機関(WHO)は、薬価の高騰を招く恐れがあるとして、国民の「支払い意思額」を超えた価格設定を許容する「価値に基づく価格決定」に反対を表明しています。日本はWHOの主要加盟国として、国際的な批判にも応じられるよう、説明責任を果たす姿勢が求められるでしょう。

また、これまでの議論が薬価調整の技術的な側面に偏りがちだったという見方もあります。新制度が社会的に広く受け入れられるためには、価格調整を超えたより大きな課題に取り組まなければなりません。財務省は、この費用対効果評価の結果を保険適用の可否判断にまで使うべきだと提案しており、さらに保険適用外の医薬品に対する新たな保険外併用療養費制度の創設も求めています。これは、国民皆保険制度の根幹に関わる問題であり、今後、国を挙げてのより深い議論が不可欠です。

私個人の意見としては、国民皆保険を維持し、次世代に持続可能な形で引き継いでいくためには、「価値に基づく価格決定」の考え方を、薬価調整に留めず「診療報酬本体」にも拡大していくべきだと考えます。なぜなら、薬価調整だけでは、診療報酬全体への影響が限定的だからです。例えば、2018年に妊婦加算への批判が高まり、急速に廃止された事例がありますが、これは診療報酬本体の多くの加算が、十分な評価の曖昧なままに承認されてきた現状を如実に示しています。

今後は、個々の加算の価値評価だけでなく、地域や医療機関のグループごとに異なる診療報酬点数を「価値に基づいて」設定する方式、経済学でいう差別価格のようなシステムレベルでの医療技術評価の導入の是非についても、真剣に検討すべき時に来ているのでしょう。

このような新しい取り組みを成功させるには、それに必要な組織や予算、そして人材育成といったインフラの整備が欠かせません。G7の中で、政府系のHTA専門組織を持たないのは日本だけという現状があります。医療技術評価に関する教育体制も、欧米諸国と比較するとほとんど存在しないと言えるでしょう。この専門性の高い医療技術評価の言葉を理解し、議論できる人材がいなければ、国際的な医療ビジネスの競争においても劣勢を強いられかねません。東京大学特任教授の鎌江伊三夫氏が指摘するように、大学や国立保健医療科学院において、医療技術評価教育を拡充することが喫緊の課題と言えるでしょう。

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