かつてプロレスといえば、屈強な男たちが肉体をぶつけ合う「興行」のイメージが強いものでした。しかし、2019年現在のプロレス界は、単なる試合の枠を超えた「コンテンツ企業」へと劇的な変貌を遂げています。長らく低迷していたこの業界を救ったのは、鍛え抜かれた筋肉だけではありません。緻密なマーケティングと、世界を見据えたデジタル戦略という「頭脳戦」が、ファンを再び熱狂させているのです。
転機となったのは2017年11月、タカラトミーの社長を退任したばかりのハロルド・ジョージ・メイ氏のもとに届いた一本の電話でした。相手はブシロードの創業者であり、新日本プロレスのオーナーでもある木谷高明氏です。「新日本の社長になりませんか」という驚きのオファーが、かつて少年時代をプロレスに救われたメイ氏の心を動かしました。異国の地で孤独だった彼に勇気を与えたプロレスとの、運命的な再会だったと言えるでしょう。
新日本プロレスは、格闘技ブームの煽りを受けて売上が全盛期の4分の1まで落ち込む「暗黒時代」を経験しました。しかし、2005年からのユークスによる徹底した経営管理、そして2012年からのブシロードによる大胆な宣伝投資が、反撃の狼煙を上げます。この流れをさらに加速させるべく、メイ氏は「IP(知的財産)」で稼ぐスポーツビジネスとしての可能性に賭けたのです。SNSでも「今のプロレスは物語性が高くて面白い」と、その進化を歓迎する声が溢れています。
世界を熱狂させるデジタル戦略と聖地への進出
メイ氏が掲げた「グローバル&デジタル」戦略は、またたく間に目に見える成果を上げました。2019年4月、プロレスの聖地として名高い米国のマディソン・スクエア・ガーデンで開催された興行では、約1万6000枚のチケットがわずか16分で完売するという快挙を成し遂げています。ロンドンやオーストラリアといった新天地も次々と開拓されており、2019年の海外単独興行数は前年の3倍に達する勢いです。
こうした海外展開の真の狙いは、試合を見せることだけではありません。会場でファンを増やし、定額制の動画配信サービスへと誘導する仕組みを構築しているのです。2019年7月期の売上高は、過去最高を更新する54億円に到達しました。動画配信の有料会員数も約10万人にまで膨れ上がり、その半数を外国人が占めるという驚異的な国際化が進んでいます。日本のプロレスは今や、アニメやマンガと並ぶ世界的な人気コンテンツと言えます。
私個人としても、この「エンタメの輸出」という視点は非常に画期的だと感じます。選手一人ひとりを魅力的な「キャラクター」として扱い、ドラマチックなストーリーを付加する手法は、言語の壁を超えて人々の心を掴む力があるからです。ただの力比べではなく、感情を揺さぶる「物語」を届ける姿勢こそが、現代のビジネスにおいて最も重要な鍵となるのではないでしょうか。日本発のエンターテインメントが世界を席巻する日は、もうすぐそこまで来ています。