2019年10月1日、日本の携帯電話市場は大きな転換点を迎えるはずでした。しかし、蓋を開けてみれば、期待されていた「劇的な値下げ」という革命はどこかへ消え去ってしまったようです。その中心にいたのが、第4のキャリアとして名乗りを上げた楽天でした。2019年9月6日に開催された記者会見では、誰もが驚くような低料金プランの発表が期待されていましたが、実際には本格的なサービス開始時期すら明言されないという、肩透かしの結果に終わったのです。
楽天の三木谷浩史会長兼社長は、会見の場で「他社には真似できない料金体系にする」と強気な姿勢を崩しませんでした。しかし、その裏では、2019年6月頃からネットワーク構築の遅れが深刻化していたのです。当初の野心的な計画は影を潜め、サービス開始直前には、ごく少人数を対象とした無料モニター制度に留まるという異例の事態に陥りました。SNS上では「期待していたのにガッカリ」「結局いつから使えるの?」といった困惑の声が広がっています。
「素人集団」と揶揄されたネットワーク構築の壁
楽天が苦戦した最大の要因は、通信網整備という巨大な壁を過小評価したことにあります。三木谷氏は「仮想化」と呼ばれる、汎用サーバー上のソフトウェアで通信機能を制御する最新技術でコストを抑えようとしました。これは物理的な専用機器を減らす画期的な手法ですが、土台となる基地局の設置が進まなければ絵に描いた餅です。楽天は専門業者に頼らず、自社のEC担当者ら約300人を動員して交渉に当たりましたが、これが業界内では「無謀」と映りました。
通信業界における「仮想化」とは、本来ハードウェアで行っていた処理をソフトウェアに置き換える高度なIT技術を指します。しかし、土地の所有者と交渉してアンテナを立てるという泥臭い現場仕事において、ITの論理は通用しませんでした。NTTから光回線を借りる際の見積もり期間も、業界常識の3分の1という短期間で設定するなど、ノウハウ不足を露呈してしまったのです。現場の社員が土日返上で奔走する姿には、社内からも同情の声が漏れるほどでした。
大手3社が陥る「ナッシュ均衡」の停滞
かつて2018年8月、当時の菅義偉官房長官が「日本の携帯料金は4割下げる余地がある」と断言したことで、値下げへの期待は最高潮に達しました。楽天も「大容量で3000円台」という、大手3社の半額に近い衝撃的なプランを水面下で描いていたのです。しかし、楽天の参入が足踏みしたことで、ドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社は、互いの出方を伺いながら似たようなプランを出し合う「横並び」の状態に逆戻りしてしまいました。
専門家は現在の市場を「ナッシュ均衡」という言葉で表現します。これは、どのプレイヤーも自分だけが戦略を変えても得をしないため、現状維持を選んでしまう停滞した状態を指します。携帯契約数が日本の人口を超える1億7千万件に達した今、無理に値下げをしてパイを奪い合うメリットが薄いのです。私自身の見解としても、競争原理を働かせるための「刺客」であったはずの楽天が躓いたことで、市場の不健全な安定が温存されてしまったと感じざるを得ません。
5G時代の到来と日本の通信政策のゆくえ
世界では次世代通信規格「5G」の商用化に向けた激しい国際競争が繰り広げられています。5Gは現行の4Gに比べ、超高速・低遅延・多接続を可能にする技術で、今後の産業競争力を左右する極めて重要なインフラです。日本でも2020年春のサービス開始を見据えていますが、肝心の国内市場が旧態依然とした寡占状態のままでは、サービス開発や投資のスピード感に悪影響を与えかねません。消費者が求めるのは、単なる安さだけではないはずです。
楽天の参入遅延は、一企業の失敗に留まらず、日本の通信政策そのものの在り方を問う事態となっています。三木谷氏が目指した「価格破壊」は、2019年10月の段階では残念ながら「幻」となってしまいました。しかし、この停滞を打破しなければ、日本の通信環境は世界から取り残されてしまうでしょう。私たち編集部としては、楽天が早期に体制を立て直し、大手3社の「ナッシュ均衡」を打ち破る真の競争が始まることを切に願っています。
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