2019年6月20日、金融業界に激震が走るニュースが報じられました。東京地検特捜部は、東郷証券(東京都港区)の取締役である林泰宏容疑者(58歳)と、大阪市の商品先物会社「さくらインベスト」の社長である宮井智浩容疑者(48歳)ら計4人を、金融商品取引法(金商法)違反(損失補塡)の容疑で逮捕したのです。東郷証券が、外国為替証拠金取引(FX)で生じた顧客の損を埋め合わせたとされるこの疑惑は、証券会社における損失補填の刑事事件としては約20年ぶりという異例の事態であり、その動向に大きな注目が集まっています。
逮捕容疑として具体的に挙げられているのは、2016年7月から2019年1月にかけて、東郷証券の顧客8名に対し、総額で6,900万円もの損失を補填した疑いです。このうち、顧客4名に対しては約6,200万円が東郷証券から直接補填されたようですが、残りの4名に対しては、さくらインベストに口座を開設させ、差金決済取引(CFD)による利益に偽装して、約700万円を支払ったとされています。差金決済取引(CFD)とは、実際に現物を受け渡しすることなく、買い値と売り値の差額だけを決済する取引方法のことで、FXもこの一種に含まれます。捜査関係者によれば、この損失補填は少なくとも10名以上の顧客に対して行われ、補填総額は億単位に上る見通しだというのですから、事態は深刻と言えるでしょう。この一連の行為は、顧客とのトラブル回避や、さらなる取引を継続させるための引き止め策として行われたものとみられています。
市場の公正性を揺るがす「損失補填」とは?
そもそも、金融商品取引法(金商法)では、顧客に生じた損失を証券会社が穴埋めすることは原則として禁止されています。これは、一部の顧客だけが損失を免れるという行為が、市場の公正性と健全性を著しく損なうことに繋がるためです。法令に違反した場合、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、またはその両方が科されることになります。今回の事件で、東郷証券が補填に充てた資金は、システム会社への架空の外部委託費として捻出されたとみられており、組織的な隠蔽の疑いも浮上しています。林容疑者は東郷証券の実質経営者とされており、事前の任意の聴取では「損失補填を黙認していた」という趣旨の説明をしながらも、積極的に関与したことは否定している状況です。
東郷証券は、2002年に設立された中小の証券会社でありながら、FX取引を中心に着実に業績を伸ばしていました。特に、2018年3月期の営業収益は約35億8千万円、営業利益は約8億2千万円と急成長を遂げていただけに、今回の事件は同社の信用に大きな傷をつけることは避けられません。今回の刑事事件化は、1998年以来、実に約20年ぶりとなります。過去を振り返ると、1990年から1991年にかけては、大手証券会社を巡る損失補填が相次いで発覚し、社会的な大問題となりました。当時の自主報告によれば、大手・準大手17社での補填総額は1,720億円にも上るとされていましたが、当時は旧証券取引法に損失補填を明確に禁止する規定がなかったため、1991年の法改正で禁止規定が追加された経緯があります。そして1997年から1998年には、証券大手4社が総会屋グループの損失を補填していたことが再び明らかになり、証券会社の幹部らが多数逮捕・起訴されるに至ったのです。
SNSでの反響と事件への私見
この逮捕のニュースは、インターネット上やSNSでも大きな話題となっています。「FXで損を出したら補填してくれるなんて羨ましい」「中小証券会社でもこんなことしているのか」といった驚きの声や、「ルール違反は許されない」「市場の信頼を取り戻してほしい」といった厳しい意見も多く見受けられます。特に、FX取引は近年個人投資家の間でも人気が高まっているため、今回の事件は、改めて金融商品の取引におけるルールの厳格さを再認識させるものと言えるでしょう。この事件の発覚に先立ち、証券取引等監視委員会は2019年2月に東郷証券本社など関係先への強制調査を行っており、その後、特捜部と監視委員会が連携して詳細な調査を進めていました。
私見を述べさせていただきますと、今回の事件は、顧客との目先のトラブル回避や、さらなる取引手数料を得たいという動機から生まれた、倫理観の欠如による行動に他ならないでしょう。金融商品取引法が損失補填を厳しく禁じているのは、「自己責任原則」という金融市場の根幹をなす考え方を守るためであり、この原則が崩れれば、投資家はリスクを軽視し、市場の規律は失われてしまいます。一部の顧客に対してだけ優遇措置を取る行為は、まさに市場の健全性を破壊するものであり、金融機関として最も守るべき信頼を自ら裏切る行為と言わざるを得ません。今回の事件を教訓とし、全ての金融機関は、法令遵守の重要性を改めて深く認識し、公正で透明性の高い取引環境を確立していくべきだと思います。今後の捜査の進展によって、損失補填の全容と、その背景にある組織的な関与がどこまで明らかになるのか、引き続き注目していく必要があるでしょう。
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