2019年5月、日本のビジネス界に大きなニュースが駆け巡りました。三菱商事が、巨額の損失を出して「債務超過」という危機的状況に陥ったプラント大手・千代田化工建設(千代建)に対し、三菱UFJ銀行と共に総額1800億円もの金融支援を決定したのです。債務超過とは、会社の資産よりも借金の方が多い危険な状態を指します。三菱商事の垣内威彦社長(当時)は千代建を「日本の宝」とまで呼び、その再建に並々ならぬ意欲を見せました。SNSでは「損失を出した企業に巨額支援とは無謀だ」「日本の技術を守る英断だ」と賛否両論が渦巻きました。
しかし、株式市場の反応は極めて冷静でした。2019年5月9日の支援発表と同時に3000億円規模の自社株買い(通常は株価上昇の要因)も公表したにもかかわらず、翌日10日の株価は一時6%も下落し、年初来安値を更新。格付け会社も財務への悪影響を指摘したのです。それもそのはず、千代建は2019年3月期に800億円超もの巨額損失を計上したばかり。その「火種」となった企業へ、経営幹部ら約30人も送り込むというのですから、市場が慎重になるのも無理はありません。
では、なぜ三菱商事はそこまで大きなリスクを取るのでしょうか。その答えは、千代建が持つ世界最高水準の技術にあります。その技術とは、「LNG(液化天然ガス)」の巨大な生産プラントを建設する能力です。LNGとは、天然ガスをマイナス162度にまで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるためタンカーで大量輸送が可能です。この巨大なプラントを建設できる企業は、世界で千代建や日揮などわずか4社に限られており、千代建はその中でもトップクラスの実績を誇る、まさに「宝」のような存在なのです。
三菱商事の狙いは、単なる企業救済にとどまりません。自社が世界中で進めるLNGの開発・輸送・販売事業と、千代建のプラント建設技術という「点」と「点」を結びつけ、LNGの川上から川下まで全てを手掛ける「LNGメジャー(国際的な天然ガス大手企業)」へと飛躍する壮大な戦略が背景にあります。LNG事業は、国際石油開発帝石の例を見ても分かる通り、軌道に乗るまで時間はかかりますが、一度稼働すれば長期にわたり莫大な収益を生む可能性を秘めています。
皮肉なことに、この巨額支援が正しかったかを占う最初の試金石は、他ならぬ千代建が巨額損失を出した原因のプロジェクト、米国の「キャメロンLNGプロジェクト」です。この問題の案件が、奇しくも支援発表直後の2019年5月14日に生産開始を迎えました。三菱商事が2020年3月期にLNG事業で目指す収益の柱ともなるこのプロジェクトが本格的に軌道に乗れば、今回の支援が「宝」への未来ある投資であったことの何よりの証明となるでしょう。