日常を愛した17世紀オランダ市民の肖像画!J・ステーンの傑作「パン職人アーレント・オーストワールトと妻」に迫る

2019年6月20日に公開された、17世紀オランダの市民生活と絵画に焦点を当てた連載記事の最終回では、ヤン・ステーン(Jan Steen)による名作「パン職人アーレント・オーストワールトと妻」をご紹介します。この作品は、1658年に油彩で板に描かれたもので、縦37.7センチ、横31.5センチと、ご家庭にも飾りやすいサイズです。現在はアムステルダム国立美術館に所蔵されており、当時の人々の暮らしを垣間見ることができる貴重な一枚と言えるでしょう。

絵に描かれているのは、早朝の街角の風景です。焼きたてのパンが並ぶパン屋の店先では、角笛の音が響き渡っています。これは、近所のパン屋でパンが焼き上がったことを知らせる合図であり、現代の私たちには馴染みが薄い、当時の市民の日常的な光景だったに違いありません。パンを運ぶ店主は、訪れた人に「おはよう」と挨拶し、その妻は本日のおすすめパンを客に紹介しています。また、その横には角笛吹きに夢中な少年が描かれており、画面からは焼きたてのパンの香ばしい匂いまで漂ってきそうな、活き活きとした一場面が切り取られていますね。

常識を覆す発見!「風俗画」から「異色の肖像画」へ

この作品は長い間、パン職人という職業を描いた風俗画であると解釈されてきました。風俗画とは、庶民の日常の生活や風俗を描いた絵画のジャンルを指します。当時のオランダ社会では、市民が主役であり、靴職人の仕事場や雑貨商の店内といった、特定の職業を題材とした絵画が盛んに制作されていたため、そのような認識は自然なことだったと言えます。しかし、近年の綿密な研究によって、この絵は単なる風俗画ではなく、実在のパン職人であるアーレント・オーストワールトとその妻を描いた肖像画であることが判明したのです。

この事実は、当時の絵画の常識から見ると、非常に驚くべき発見でした。かつての記念写真のように、当時の肖像画と言えば、描かれる人々が正装に身を包み、厳かなポーズを取るのが一般的でした。それに対し、この作品は、オーストワールト夫妻が仕事場で立ち働き、日常の姿をそのままに描かれています。これは、当時の肖像画としては極めて珍しい試みであったと言えるでしょう。

飾り気のない日常を尊ぶ、市民の精神を体現した作品

絵画が市民に広く親しまれていたこの時代に、パン職人であるオーストワールトは、敢えて自分たちのありのままの姿を絵画として残すことを選択しました。これは、飾り立てられた虚像ではなく、地道で真摯な日常の労働こそを尊ぶ、オランダ市民の精神を強く反映しているのではないでしょうか。職業を題材とした風俗画のようでありながら、実は実在の人物を描いた肖像画であるという二面性は、この作品をより奥深く、魅力的なものにしています。私見ですが、当時のオランダ市民は、自らの働きや生活に誇りを持ち、その日常こそが最も価値あるものだと考えていたに違いありません。この作品は、そのような健全な市民社会の姿を、私たちに雄弁に伝えているのではないでしょうか。

さて、この連載では17世紀オランダ市民の家を飾った10作品を見てきましたが、読者の皆様はどのような絵をご自宅に飾って、日常を彩りたいと願うでしょうか。SNSでは、「生活感のある肖像画が新鮮」「現代の『仕事の風景』を切り取る写真に通じるものがある」といった反響が寄せられており、時代を超えて人々の共感を呼ぶ作品であることが分かります。この絵のように、日々の暮らしに寄り添う絵画を選ぶことは、生活を豊かにする素敵な選択であるでしょう。

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