株主第一主義の終焉は本当か?米国経営者の声明から読み解く「富を創出する」真の覚悟

2019年08月、米国の主要企業で構成される経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が発表した一通の声明が、世界の経済界に大きな波紋を広げています。「企業の目的に関する声明」と題されたこの文書では、企業が追求すべき指針として、顧客への価値提供や従業員への投資、地域社会への貢献など、5つの重要な項目を掲げました。

これまでの米国流経営といえば、1997年の声明にもあったように「株主の利益を最大化すること」が絶対的な正義とされてきました。そのため、今回の発表を「株主資本主義の修正」や「日本型経営への回帰」と捉える見方が急速に強まっています。SNS上でも「ようやく人間味のある経営にシフトした」と好意的に受け止める声が散見される状況です。

しかし、この表面的な変化を鵜呑みにして、現状に甘んじるのはあまりに危険ではないでしょうか。かつてミルトン・フリードマン教授が提唱した、株主の富を増やすという目的は、決して消え去ったわけではありません。むしろ、経営者が「富を生産する」という重い責務を果たすための手法が、より多角化し、洗練されたと解釈するのが自然でしょう。

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日本型経営の「三方良し」が抱える危うい誤解

今回の声明を受けて、一部の日本人経営者からは「米国もようやく三方良しの精神に追いついた」といった声が上がっています。三方良しとは、売り手と買い手、そして世間にとって良い商売を目指す近江商人の哲学です。一見すると素晴らしい考えですが、これを現代の株式会社の経営を正当化する道具にしてはいけないと私は考えます。

そもそも近江商人の時代には、現代のようなシビアな株主は存在していませんでした。事実として、世界の時価総額ランキングを振り返ると、日本企業は米国や中国の勢いに大きく突き放されています。富を生み出す競争において、日本型のサラリーマン経営が苦戦を強いられている現実は、数字が残酷なまでに証明していると言えるでしょう。

「富の創出」という本質的な目的を忘れた企業ほど、政府の庇護や公的資金の助けを借りて生き延びようとする傾向にあります。これでは、経済を活性化させるどころか、社会全体の足かせになりかねません。企業の価値を高め、その利益を年金受給者などの個人に還元していく道筋を、私たちは今一度真剣に見つめ直す必要があります。

「歌」を忘れた経営者に未来はない

米国の上場企業において、決算説明会の場で最も重視される指標は、現在も「EPS(1株当たり純利益)」です。これは、企業がいかに効率的に利益を上げ、株主に報いているかを示す重要な尺度となります。ラウンドテーブルの声明は、あくまで「行き過ぎた資本主義」を是正するためのものであり、株主を軽視しても良いという免罪符ではありません。

経営者の役割とは、どのような時代であっても「価値ある富」を生み出し続けることです。この「富の創出」という名の歌を歌えなくなった経営者は、もはやその職責を果たしているとは言えません。今回の声明を「今のままでいい」という言い訳に利用するのではなく、新たな覚悟を持って競争に挑むための警鐘として受け止めるべきでしょう。

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