世界中の働く人々にとって大きな一歩となるニュースが飛び込んできました。2019年6月21日、国際労働機関(ILO)の本会議において、仕事の世界でのあらゆるハラスメントを禁止する内容を明記した国際条約が成立する見通しとなったのです。これは、職場における嫌がらせやいじめを国際的な基準で規制しようとする画期的な試みであり、日本国内のパワーハラスメント(パワハラ)被害者や専門家からは「ついに一歩前進した」と、大きな期待の声が上がっています。
この新しい条約では、「身体的、心理的、性的、経済的被害を引き起こしかねない行為」をハラスメントと定義し、これを禁止する初の国際基準となります。特筆すべきは、その適用範囲の広さでしょう。ハラスメントが発生する「仕事の世界」とは、単に職場の建物内に限られず、通勤中や休憩時間、さらにはソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上でのやり取りまでもが含まれるとされています。また、正社員だけでなく、就職活動中の学生やボランティアなども対象となるため、非常に包括的な内容だと言えるでしょう。
こうした国際的な動きに対して、国内のパワハラ被害者からは強い共感と希望が寄せられています。例えば、民間企業が運営する関東の公共施設に勤務していた58歳の男性は、上司に時短勤務を申し出た後、「お前に意見する権限はない」といった威圧的な言動を浴びせられ、最終的には契約を更新されずに2019年3月に退職を余儀なくされました。この男性は、今回のILOでの条約採択を「国際的にパワハラが許されないという明確なメッセージになる」と受け止め、「国内でも意識がさらに高まってほしい」と心境を語っています。
しかしながら、条約が成立しても、各国がそれを国内の法律として受け入れる「批准」を行うかどうかは、それぞれの国の判断に委ねられます。日本にとっては、この批准への道のりは決して平坦ではありません。なぜなら、現行の日本の法律にはハラスメント行為そのものを禁止する規定がないため、国際条約に沿った国内法整備が不可欠となるからです。
日本の法整備は「努力義務」にとどまるのか?
実は、2019年5月には、企業に対してパワハラの防止策を講じることを義務づける関連法が成立しています。この法律は、通称「パワハラ防止法」と呼ばれており、企業に具体的な対策を求めるものですが、肝心の「パワハラ行為の禁止」という罰則付きの規定は盛り込まれませんでした。このため、専門家の間では、実効性の面で懸念の声も上がっているのが現状です。
この状況について、根本匠厚生労働相は2019年6月21日午前の記者会見で、「暴力やハラスメントは働く人の人格や尊厳を深く傷つける、絶対にあってはならない行為であり、新たな国際労働基準の必要性と意義は大変大きい」と、条約の重要性については評価しました。しかし、日本の投票態度については、「条約案の内容やこれまでのILO内での議論などを踏まえ、投票に臨む」と述べるにとどまり、賛否を明言することは避けたようです。
労働組合の連合(日本労働組合総連合会)で総合男女・雇用平等局長を務める井上久美枝氏は、「まずは国内法の整備を待たずとも、条約を批准すると日本政府が宣言することはできるはずだ」との見解を示し、政府に対し積極的に批准へ向けた働きかけを行っていく考えを表明しています。この国際的な「パワハラ禁止」の流れを日本がどう受け止め、国内法をどのように進化させていくのか、今後の政府の動向が注目されるところです。
パワハラがもたらす企業への影響は、個人の被害にとどまらず、人材の深刻な損失にもつながっています。連合が2019年5月に20歳から59歳の1000人を対象に行った実態調査では、ハラスメント被害者の約19パーセントが「退職・転職した」と答えており、特に若年層である20代では、なんと3割近くが離職しているという衝撃的な事実が判明しました。さらに、人材サービス大手のエン・ジャパンが2019年2月に35歳以上の約3000人から集めたアンケートでも、8割以上の人が「パワハラを受けた経験がある」と回答し、そのうち3人に1人が退職を選んでいるというデータが出ています。
これは、企業経営において、優秀な人材が不当なハラスメントによって流出していることを示しており、看過できない問題です。労働政策研究・研修機構の内藤忍副主任研究員も、「国によるパワハラ禁止規定の導入や、企業が対策を講じているかを監視する体制の強化などが必要不可欠でしょう」と指摘しています。今回の国際条約制定を契機として、日本国内でも、ハラスメント対策の実効性を高めるための議論が加速し、より働きやすい職場環境の実現につながることを期待したいものです。
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