近年増加する高齢ドライバーによる事故を背景に、政府は2019年6月、75歳以上のドライバーを対象とした新たな運転免許制度の導入に向けた検討に入りました。この新制度は、衝突被害軽減ブレーキなどの安全運転支援システム(ASV:先進安全自動車)を搭載した車に限り運転を認める、いわば「限定免許」とも呼べる枠組みです。2018年末の時点で、75歳以上の高齢ドライバーは約563万人にものぼり、特に地方では自家用車が欠かせない移動手段となっているため、運転免許の返納が難しいのが現状となっています。そうした中で、この限定免許の導入は、高齢者の移動の自由を確保しつつ、交通安全の向上を図る画期的な施策として大きな期待が寄せられています。
道路整備による事故防止には限界がありますので、運転そのものをサポートする仕組みが不可欠でしょう。国土交通省は1991年度からASVの技術開発を推進してまいりました。そして日本の自動車メーカーは、世界でも有数の速さで安全システムを量産車に組み込み、普及させてきた実績がございます。各社が開発したASV技術は、新型車への買い替え需要を喚起するだけでなく、安全機能のない既存の自動車にも後付けで搭載できる装置の開発も進んでおり、高齢者の安全運転を多角的に支援しようという動きが加速しています。
この分野で先陣を切ったのは、現在のSUBARU(スバル)である富士重工業が2008年に開発した運転支援システム「アイサイト」でしょう。アイサイトは、ステレオカメラ(左右2つのカメラ)を用いて、前方の歩行者や車両などの対象物を立体的に捉え、正確な距離を認識できます。これにより、衝突の危険性が高まった場合には自動でブレーキをかけて衝突を回避、または被害を軽減させることが可能です。この技術はSUBARUの代名詞となり、2019年3月までに世界で累計250万台もの搭載車が販売されるほど、ドライバーからの信頼を集めているのです。
また、自動車業界の盟主であるトヨタ自動車も、2015年から先進安全システム「トヨタセーフティセンス」を導入し、普及に努めています。「アルファード」のような上級ミニバンでは、夜間の歩行者をも検知する自動ブレーキが標準装備化されているのです。セーフティセンス搭載車の出荷台数は、2018年10月末に1,000万台を突破し、トヨタは2020年までに約100の国と地域での展開を目指すという、積極的な目標を掲げています。このほかにも、ホンダの「ホンダセンシング」やマツダの「i-アクティブセンス」など、各社が独自のASV技術を投入し、新型車になるほどその機能は充実しています。新免許制度は、これらの安全機能が満載された新型車への買い替え需要を後押しする効果も期待できるでしょう。
既存車も安全運転へ進化!加速する後付けシステムの開発競争
新型車への買い替えが進むことだけでは、すべての高齢ドライバーの安全をカバーするには至りません。そのため、安全機能が搭載されていない既存の車にも、後付けで安全装置を搭載する動きが活発になっています。例えば、トヨタとデンソーは、高齢ドライバーによる事故原因として指摘されることの多い、アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故を防ぐ後付け装置を共同で開発しました。これは2019年内に、「プリウス」など12車種への取り付けが可能となる予定で、価格は装置代が5万5,080円(税込み)、これに加えて改修費用として3万~4万円程度が見込まれています。
また、オートバックスセブンは2016年に、ペダルの踏み間違いによる急発進を抑制する「ペダルの見張り番」を発売し、市場に投入しました。さらに、熊本県玉名市のナルセ機材という企業は、ブレーキとアクセルを一体化させたユニークな交換ペダルを開発しています。この装置では、ペダルを踏み込むとブレーキがかかり、アクセルをかけるにはペダルを横にずらす操作が必要となる仕組みとなっており、踏み間違いを構造的に防ごうというアプローチが取られているのです。
限定免許へのSNS反響とASV技術の課題
こうした高齢ドライバー向けの安全対策に関するニュースは、SNSなどインターネット上でも大きな反響を呼んでいます。2019年6月に行われたインターネット調査によると、車を運転する人の約7割が「ヒヤリハット」の経験があり、約4割が「事故に遭ったことがある」と回答しています。そのため、安全運転・事故防止支援機能・機器を車に搭載している人が半数を超えており、特に「ドライブレコーダー」や「自動ブレーキ」といった機能への関心や期待が高いことが見て取れます。SNSでは、「高齢者こそASVは必須にすべき」「すべての新車に標準装備にしてほしい」といった声が多く寄せられており、限定免許の導入や安全システムの普及に対する社会的な要請の強さがうかがえます。
ただし、現状のASV技術には、いくつかの技術的な課題も残されているのが実情です。例えば、走行中に車が急加速した場合、それがペダルの踏み間違いによるものなのか、それとも通常の運転操作によるものなのかを、システムが瞬時に正確に判別することは、現在の技術では非常に難しいとされています。また、坂本秀行・自動車技術会会長が指摘するとおり、対向車が突然目の前に現れたり、事故の衝撃で車が走り出してしまったりするような特殊なケースでは、自動ブレーキが適切に作動しない可能性もあるのです。「現在の技術では難しいケースがあり、事故の防止に貢献できない場合もある」という専門家の言葉は、技術の過信は禁物であり、さらなる技術開発が必要であることを示唆しています。
高齢ドライバーの事故をゼロにするための究極的な解決策として期待されているのが、運転操作をすべてシステムに委ねる完全自動運転車の実現です。自動車各社は、2020年代前半という比較的近い将来に、完全自動運転車の実用化を目指す目標を掲げて、開発競争を繰り広げています。高齢者限定免許の検討開始は、交通安全の新たな時代を切り拓く、最初の一歩に過ぎません。すべての人にとって安心・安全なモビリティ社会の実現に向けた模索は、今まさに始まったばかりだと言えるでしょう。
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