2019年12月05日、名古屋市立の小学校で発生した衝撃的ないじめ問題が波紋を広げています。小学5年生の男子児童が、同級生から執拗に現金を要求され、最終的に10万円から20万円もの大金を支払わされていたという驚くべき事態が発覚しました。
事の始まりは2019年10月08日のことでした。被害児童の保護者が「貯金箱の現金がなくなっており、誰かにたかられているのではないか」と学校へ相談したことで問題が表面化します。これを受けて学校側は、速やかに市教育委員会へ「重大事態」の可能性があると報告を行いました。
ここでいう「重大事態」とは、いじめ防止対策推進法で定められた定義です。児童の生命や心身に大きな被害が生じた疑いがある場合や、今回のように多額の金品被害が想定される際、自治体や学校が迅速に調査を開始するために認定される極めて重要なステージを指します。
しかし、市教委の判断は信じがたいものでした。加害側の児童6人が2019年10月15日に謝罪したことを受け、事態を「解決済み」と見なしてしまったのです。ネット上では「子供同士の謝罪で済む金額ではない」「市教委の隠蔽体質ではないか」と厳しい批判の声が殺到しています。
「大人のご都合主義」が招いた認定の遅れ
結局、市教委が正式に「重大事態」と認めたのは、問題が大きく報道された後の2019年12月02日のことでした。実に把握から2ヶ月近くも経過しており、この対応の遅れが被害児童の心の傷をさらに深くした可能性は否定できません。
被害児童は2019年08月から10月にかけて、「お金を持って来ないとのけ者にする」と脅され、自宅の貯金箱から十数回も現金を持ち出していました。友達と一緒にいたいという純粋な気持ちを悪用した卑劣な行為であり、これは教育の枠を超えた恐喝に近い事案だと言えるでしょう。
教育評論家の尾木直樹氏は、今回の市教委の対応を「大人のご都合主義」と一喝しています。過去にはいじめのエスカレートが最悪の結末を招いた例も少なくありません。組織のメンツを守るのではなく、常に子供の視点に立った毅然とした判断が今こそ求められています。
私個人の意見としては、学校現場が「謝罪=解決」という安易なゴールを設定することに強い危機感を覚えます。多額の金銭授受が発生している以上、それはもはや教育的指導だけで完結する問題ではありません。警察との連携を含め、社会全体で子供を守る仕組みを再構築すべきです。
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