【SNSの罠】「エコーチェンバー」からの脱出:AI時代の情報偏りを防ぐ自己変革実験と世界のルール作り

近年、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は私たちの生活に深く浸透し、いまや社会の空気を形作る重要なインフラとなっています。しかし、その利便性の裏側で、情報の偏りや世論の分断といった新たな課題も生じています。その核心にあるのが「エコーチェンバー現象」(共鳴室現象)です。これは、SNS上で自分と似た意見を持つ人とばかりつながることで、その考えが何度も跳ね返ってきて(共鳴して)、あたかもタコツボのように同じ意見に固執してしまう現象を指します。この現象は社会の偏見を増幅させかねず、インドでの誘拐犯を巡る暴動や、ミャンマーでのイスラム系少数民族への迫害騒動など、SNSが起点となって深刻な事態に発展した事例も相次いでいます。こうした情報のタコツボ化は、私たちの民主主義にも影響を与えかねない深刻な問題なのです。

このエコーチェンバー現象が、個人の政治観にどのような影響を与えるのかを検証するため、私は自身のツイッターアカウントを用いて、2019年6月上旬からある自己変革実験を開始しました。アメリカでの育ちもあり、日頃から米国の政治動向に関心を持つ私ですが、当時トランプ大統領に対しては個人的に好感を持てずにいました。実験の協力者である名古屋大学講師の笹原和俊先生とともに、この**「偏見空間」**から抜け出せるのかを試みたのです。まず、私と考えが近いとされる民主党議員や関係団体のアカウントを約300件フォローしました。その後、1日あたり15〜20件ずつ、親トランプ派の共和党系アカウントへとフォロー先を入れ替えていきました。

潮目が変わったのは、実験開始からわずか4日目のことでした。ツイッターを開くと、それまでは目に飛び込んでこなかったトランプ大統領の「民主党はいつも批判ばかりだが、彼らは何も達成していない!」といった発言が、まず目に飛び込んでくるようになったのです。フォロー数では民主党系アカウントが圧倒的多数を占めているにもかかわらず、トランプ大統領の投稿が目立つようになりました。これは、ツイッターの**人工知能(AI)**が、リツイートや「いいね!」といったユーザーの反応が多い投稿を分析し、表示順序を入れ替えているからです。AIのアルゴリズムが、私たちの関心や嗜好を学習し、その結果、私たちのタイムラインを形作っていることがわかります。

そして実験開始から1週間。驚くべき結果が出ました。最初にフォローした300アカウントのうち、たった30アカウントを入れ替えただけで、受け取る情報の多様性が一気に高まっていたのです。具体的には、トランプ大統領が関係の近さをアピールする米陸軍が2019年6月14日に迎えた「創設244周年」という単語のタイムラインへの登場回数が3.4倍に増加しました。また、トランプ大統領が主導するメキシコ・カナダとの新たな貿易協定「USMCA」に関する情報も3倍に増えていました。笹原先生は「ほんの少し考えが異なる人とつながるだけで、情報のタコツボ化を防げます」と指摘しています。この実験は、小さな変化が情報環境に大きな影響を与えることを証明していると言えるでしょう。

しかし、この実験を通じて別の課題も見えてきました。それは、私たちが「他の意見にオープンになろう」と意識しても、かえって情報操作される危険性があるということです。情報を操作したい側は、まず女性活用など多くの人が賛同しやすい話題で関心を集めます。それから、日々発信する情報の中に、誘導したい**「本音」を少しずつ織り交ぜていくといった心理的な操作も、SNSを悪用すれば可能になってしまいます。北大西洋条約機構(NATO)の調査によると、偽のアカウントや「いいね!」を使った世論操作は数十円から可能だとされており、私たちが大切にしてきた民主主義が、そんなに安価なものなのかと、自身の責任を痛感する実験結果でもありました。私たち一人ひとりが情報との向き合い方**を見つめ直す必要があると強く感じます。

スポンサーリンク

情報操作とAI:世界的なルール作りの必要性

AIなど機械が社会の空気をつくる時代において、私たち個人は機械との知恵比べを迫られています。AIが私たちの信用度を割り出し、融資や採用に生かすといった技術は便利である一方、もしその判断に偏見や差別が含まれていれば、新たな格差を生みかねません。また、AIによるレコメンド(推奨)技術が社会の偏見や世論の分断を助長するといった研究結果も相次いでおり、**AIの「責任ある利用」**は待ったなしの課題となっています。

こうした状況を踏まえ、2019年6月24日に大阪で開かれるG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)の前哨戦となった貿易・デジタル経済相会合では、AIの責任ある利用に向け、各国が協調するとの声明が採択されました。この声明の柱に据えられたのは、「人間中心」の考え方です。特に日本と欧州連合(EU)が主導し、AIの設計や利用に一定の倫理指針を設けることで足並みをそろえ、各国にも同様のルール導入を働きかける方針です。これは、機械であるAIによって、私たち人間の**「個人の尊重」が脅かされかねないという強い危機感**があるからにほかなりません。

SNS上では、「この実験、めっちゃ共感できる!自分のタイムラインも偏ってる気がしてた」「トランプ氏への見方が変わるって、AIの力すごい」といった、情報の偏りに対する共感や、AIの影響力への驚きの声が多数見受けられます。しかし、私たち個人が情報のリテラシーを高める努力をするだけでは、巧妙化する情報操作やAIの偏見を防ぐには限界があります。世界規模での共通ルールを作り、AIという新たな力を民主主義と個人の尊重のために役立てていく必要があります。もちろん、中国などの新興国とこの問題意識を共有し、共通ルールに向けた壁を乗り越えるのは容易なことではないでしょう。しかし、デジタル時代の課題に立ち向かう人類の知恵が、いま試されていると言えるでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました