香港デモの火種となった「鉄の女」林鄭月娥氏、エリートゆえの誤算と民意の乖離

2019年12月4日、香港日本人商工会議所の設立50周年を祝う華やかなパーティー会場に、香港政府のトップである林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の姿がありました。和太鼓の音色に耳を傾け、穏やかな笑みを浮かべて記念撮影に応じるその様子は、数ヶ月前の緊迫した情勢からは想像もつかないほど落ち着いたものです。ある出席者が「少し前なら、この場に現れることすら難しかったはずだ」と漏らした言葉には、当時の香港が置かれていた異常な熱量が凝縮されています。

彼女の余裕の背景には、2019年11月4日に上海で行われた習近平国家主席との会談があると見られています。中国指導部からデモ鎮圧に対する「全面的な支持」を取り付けたことで、独り歩きしていた退陣論を封じ込め、強硬姿勢を貫く自信を取り戻したのでしょう。しかし、この平穏はあくまで表面的なものに過ぎません。彼女が直面しているのは、1997年の香港返還以来、最大とも言える統治体制の危機であり、そのきっかけを作ったのは他ならぬ彼女自身の決断だったのです。

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「逃亡犯条例」が招いた空前の社会運動とエリートの盲点

混乱の始まりは、容疑者の身柄を中国本土へ引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」の改正案でした。これに対し、高度な自治を認める「一国二制度」の形骸化を恐れた市民たちが猛反発し、2019年6月には参加者が200万人に達する歴史的な大規模デモへと発展しました。この時、林鄭氏は一切の妥協を拒んで催涙弾による武力鎮圧を選択しましたが、これが火に油を注ぐ結果となり、運動は単なる条例反対を超えた広範な民主化要求へと変貌を遂げました。

林鄭氏は、学生時代から常にトップの成績を収め、名門・香港大学を卒業後に政府入りした輝かしい経歴を持つエリート中のエリートです。しかし、その「優等生」としての自負が、時には民意への鈍感さとして表れることもありました。ロイター通信が報じた8月の非公式会合では、「ヘアサロンにも行けない」と身近な不満を漏らしたとされています。未曾有の国難を前にして、どこか他人事のような発言を繰り返す彼女に対し、SNS上では「庶民の苦しみが分かっていない」と厳しい声が相次ぎました。

欠如した「人心を読む力」と揺らぐ一国二制度の未来

かつての同僚からは「頭は良いがチームプレーヤーではない」と評される彼女は、会議でも独演会になりがちだと伝えられています。コンビニで売っていないはずのトイレットペーパーを探したり、交通系ICカードの使い方が分からなかったりと、浮世離れしたエピソードも目立ちます。2019年9月になってようやく条例案の正式撤回を表明しましたが、その決断の遅れは、彼女の「間違いを認めない性格」が災いしたと冷ややかに見られています。

私は、今回の危機の本質は個人の資質以上に、香港の政治システムそのものにあると感じます。林鄭氏を選んだのは、香港全人口のわずか0.01%に過ぎない一部の選挙委員であり、最初から民意との間に構造的な溝が存在していました。支持率が10%を割り込む中で、2022年までの任期を全うできるかは不透明です。人々の心を読み解く力を欠いた統治者が、力による解決を急ぐ時、自由を重んじる香港の誇りはさらに深く傷ついていくのではないでしょうか。

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