🤯スポーツ・教育の未来を変える!脳科学「ブレインテック」が拓く人間能力の限界突破とシンギュラリティーの衝撃

現代社会において、人間が持つ能力の限界をどこまで引き上げられるのかという問いは、科学技術の進化とともに、ますます現実味を帯びています。特に、長らく日本の情報通信技術を牽引してきたNTT厚木研究開発センタ(神奈川県厚木市)で進められているスポーツ脳科学プロジェクトは、その最前線とも言えるでしょう。地下にあるプロ野球チーム顔負けの室内練習場では、黒タイツ姿に18個ものセンサーとゴーグルを装着した打者と投手が対峙し、その一瞬の真剣勝負における「脳の様子」を詳細に観測しているのです。

プロ野球選手が投げるボールが打者に届くまでの時間はわずか約0.5秒、メジャーリーガーの大谷翔平選手が投じる時速160キロ超の豪速球では、さらに短い約0.4秒しかありません。NTTの柏野牧夫フェローは、この**「無意識的な0.4秒の世界」こそが、勝敗を分ける決定的な瞬間であると指摘します。一流選手は、ボールが手元を離れた瞬間に球筋を見極め、打つか見送るかの判断と、スイングのための身体の微調整を同時に行っているのです。この研究は、従来の「心・技・体」のうち、「体」のトレーニングに重点を置きがちだったスポーツ界に、「脳を使いこなす能力(脳力)」の重要性を強く訴えかけています。

スポンサーリンク

スポーツ界を席巻する「脳力」重視の新たな鍛錬

アマチュアからプロへと進む高い身体能力を持った選手たちの中でも、一軍と二軍、そして球界を去る選手との間に差が生まれるのは、この「脳力」の差ではないか、とNTTのチームは見ています。彼らの目的は、トップアスリートの脳の働きを解明し、「心」と「技」を磨くための新たな鍛錬法に繋げることです。この世界でも珍しい取り組みは、すでに女子ソフトボールの日本代表との共同研究やプロ野球チームとの連携が進んでおり、メジャーリーグからも強い関心が寄せられているようです。最高のパフォーマンスを引き出すためのこのアプローチは、スポーツ界全体に大きな変革をもたらす可能性を秘めていると考えられます。

そして、この脳へのアプローチは、スポーツだけでなく教育現場にも広がり始めています。2019年6月中旬には、神奈川県の三浦学苑高等学校の授業で、生徒全員がハチマキ型の装置を頭に巻いて、日本史のグループディスカッションを行いました。この装置は、記憶や思考に関わる脳の「前頭前野」の血流に近赤外線を照射することで、その脳力を推し量るものです。東京大学の開一夫教授は、これにより授業への理解度と集中力の関連性を検証していると言います。教師のパソコン画面には、生徒一人ひとりの「集中度」が6段階の色で表示され、議論が白熱したチームの生徒は全員「赤」になるなど、その効果が可視化されました。

「ブレインテック」の台頭と倫理的な課題

脳の機能が測れるようになると、その働きを意図的に操る「ブレインテック(Brain Tech)」の時代が到来します。海外では、トップアスリートたちが微弱な電流を脳に流す「トレーニング」に取り組み始めているとのことです。これは重度のうつ病治療に使われる医療装置の簡易版にあたり、日本でも数年前から市販されています。スキーのジャンプ選手の跳躍力が改善したという報告もあり、プロのアメリカンフットボール選手やメジャーリーガーの間でも利用されているそうです。

しかし、この技術は東京オリンピックが目前に迫った当時、英科学誌ネイチャーから「脳ドーピング」にあたるのではないかという問題提起もされています。最高のパフォーマンスを追求するあまり、科学の力が人間の自然な能力を凌駕し、倫理的な線引きが曖昧になる可能性もはらんでいます。私たちがこの新たな技術革新をどう受け止め、どう活用していくのか、社会全体で議論を深めていく必要があるでしょう。

AIの進化が予見する「シンギュラリティー」の衝撃

脳は、単に記憶を司るだけでなく、意識や思考、そして「心」が宿る、まさに人間そのものを象徴する器官です。脳科学によれば、脳は1千億個以上の神経細胞(ニューロン)からなる巨大な情報ネットワークに過ぎないとも言えるのです。過去10年ほどの間に、画像解析やセンサー技術、光遺伝学(オプトジェネティクス)といったテクノロジーが急速に進化した結果、動物実験では嫌な記憶を消したり、別の記憶と入れ替えたりすることが可能になりました。

東京大学の渡辺正峰准教授は、さらに一歩進んだ未来を描いており、20年後には自らの脳と機械を接続し、意識を機械に「アップロード(移し替え)」することで、身体の寿命を超えて永遠に生き続けたいと真剣に考えています。この目標実現に向け、2018年12月には大学発ベンチャーも立ち上げられました。未来学者のレイ・カーツワイル氏も、人の意識の機械への移植は今世紀半ばに実現すると予測しており、人間を超える人工知能(AI)の登場だけでなく、テクノロジーがさらなる技術革新を指数関数的に生み出し、社会のあらゆる側面を根本的に変える「シンギュラリティー(技術的特異点)」が2045年に起こり得ると警鐘を鳴らしています。

ブレインテックもその最たる例であり、人間の象徴である脳に応用された場合の影響は計り知れません。シンギュラリティーが予測通りに起こるならば、「人間とは何か」を問い続けてきた人間そのものが、遠くない将来に変容するかもしれません。これは、社会の構造や価値観だけでなく、生命の定義そのものにも大きな影響を与える、看過できないテーマでしょう。

京都大学総長が語る「わからないを受け止める」学びの真髄

こうした技術革新が進む一方で、京都大学の総長は、「学び」のあり方について、示唆に富むメッセージを寄せています。かつては大学に来なければ得られなかった知識も、現在ではインターネットで容易に入手できるようになりました。総長は、現代の大学は知識を手に入れる場ではなく、「対話を通じて生の情報をやり取りする」ことで、生きた知識を得る場であるべきだと主張されています。

講義を聞くだけでなく、対話によって互いに考え方や考えたことを学ぶ「アクティブラーニング」の重要性が増しているのです。多くの人が「わかること」が「学び」だと誤解していますが、総長は「わからない」ということを「知る」ことこそが学びだと断言しています。人間は決して分かり合えるものではないという前提のもと、分かり合えないことをやり取りし続けるプロセスにこそ、深い学びがある、という考え方を示しているのでしょう。

総長はまた、人間の脳が意識と知能という異質な要素で成り立っている一方で、情報社会では知能の部分が外部化され、データ化できない意識の部分が置き去りにされている現状に警鐘を鳴らしています。中国のアリババ集団による「信用スコア」のように、人間が情報化される時代の先駆けとなる現象も起きており、人々が自ら情報になりたがっているように見えるとも述べられました。人間がデータ化されれば、生物としての一意性(個体差)を失いかねません。

情報が氾濫する社会では、学んでも学んでも、莫大な情報の中にただ浮かんでしまうような「絶望的」な感覚さえあります。だからこそ、総長は、違う人間を「わかろうとする」のではなく、「違うことを前提に、自分一人ではできないことを一緒に作りあげていく」**社会のあり方を学ぶべきだと結ばれています。これは、科学技術が人間を変容させる時代において、私たち人間が立ち返るべき普遍的な教えではないでしょうか。この知能至上主義が危うい現代において、意識や共感といった人間固有の価値を再認識し、技術のメリットとデメリットを熟慮しながら進むことが、今まさに求められているでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました