2019年6月17日から19日にかけて、英ロンドンで国際会計基準審議会(IASB)の会合が開催されました。この会議の焦点は、企業買収(M&A)で発生する**「のれん」の会計処理について、国際会計基準(IFRS)に定期償却のルールを導入するかどうかという重要な議論でした。この「のれん」とは、M&Aにおける買収金額が、買収された企業の純資産額を上回った場合に計上される差額のことで、一般的には買収先のブランド力や技術力といった、目に見えない価値とされています。日本の会計基準では最長20年での定期償却が義務付けられていますが、IFRSでは現在、定期償却は不要で、経営悪化時などに価値を切り下げる「減損損失」の計上のみが求められています。
IASBの会合における採決では、定期償却の導入に反対する理事が8人、賛成の理事が6人となり、導入慎重派が多数を占める結果となりました。この背景には、欧米企業などを中心に、定期償却の導入が企業の利益を押し下げてしまうことへの強い懸念があるようです。積極的にM&Aを進めてきた企業ほど、この「のれん」の金額が大きく、定期償却によって毎年多額の費用計上を強いられれば、財務状況の見栄えが悪化してしまうため、強く反対しているとIASB関係者は指摘しています。
しかしながら、世界的に大型M&Aが相次いでいる現状、企業が抱える「のれん」の総額は膨らむ一方です。クイック・ファクトセットのデータによると、世界の上場企業の「のれん」総額は2018年度末時点で7.2兆ドル、日本円で約770兆円に達し、この10年間で約2倍に増加しました。景気の先行きが不透明な中で、この巨額な「のれん」が一気に価値を失う「減損リスク」は、もはや無視できない水準にあるといえるでしょう。このため、日本の会計基準を参考に、リスクを平準化するためにも定期償却を導入すべきだという意見も根強く存在しています。
巨大化する「のれん」と減損リスクの重圧
この議論の背後には、IFRSの現行ルールでは減損損失の計上が突然行われるため、投資家や市場に与える影響が大きいという問題意識があります。例えば、日本でIFRSを採用する企業の中には、ソフトバンクグループが約4兆3000億円、武田薬品工業が約4兆1000億円という巨額な「のれん」を抱えています。もしこれらの無形資産の価値が突如として大幅に下がれば、企業の業績は一夜にして大きく悪化し、株価にも多大な影響を及ぼすことになるでしょう。このような減損リスクの大きさが、定期償却の導入を求める声の最大の根拠となっています。
今回の採決は最終決定ではありませんが、議論の行方はまだ不透明です。昨年、「現行ルールは財務へのリスクが大きい。日本基準を参考にしたい」と述べ、定期償却導入に前向きだったハンス・フーガーホースト議長は、今回の採決後も「のれん」の定期償却導入になお意欲を示しているようです。IASBは今後も議論を継続し、年内にはたたき台を作成、早ければ2020年以降に公開草案を取りまとめるかどうかを判断する予定です。反対派が多数となったとはいえ、今後、賛成派による巻き返しに向けた働きかけが強まる可能性は十分に考えられます。
私見として、M&Aによって計上される「のれん」は、確かに将来的な収益獲得の期待値であり、企業価値を正しく評価する上で重要な要素です。しかしながら、その価値は極めて変動しやすく、一度計上されれば半永久的に資産として残り続ける現行IFRSの仕組みは、リスク管理の観点から見て非常に危ういと感じます。定期的な償却は、企業の利益を一時的に押し下げるかもしれませんが、それはリスクの分散とより現実的な財務状況の開示**につながり、かえって投資家からの信頼を高める結果となるのではないでしょうか。この論争は、世界的な企業活動の「のれん」に対する考え方を根本から変える可能性を秘めているため、今後の展開に注目が集まるところです。
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