化学業界における基幹的な製品の輸送サービスが、今、大きな変革期を迎えています。その背景にあるのは、わが国全体で深刻化するドライバー不足と、それに伴う運賃の高騰です。価格や品質で大きな差が出にくいカセイソーダや塩素などの汎用品において、物流というサービス差こそが、受注獲得のカギとなります。この喫緊の課題に対し、大手化学メーカーのAGC(エー・ジー・シー)は2019年4月より、抜本的な輸送条件の見直しを実施しました。
AGCが輸送サービスの改革に踏み切ったのは、輸送能力を中長期的に安定確保する狙いがあるからです。一見するとサービスの後退にも映るこの改革では、鹿島工場(茨城県神栖市)と千葉工場(千葉県市原市)で生産される化学品について、発送前日の正午だった受注期限を2日前の正午に変更しました。加えて、お届け時の時間指定も廃止とする決断を下しています。同社のクロール・アルカリ事業企画部・難波正義部長は、「ドライバー不足で運賃が上昇しており、今後も輸送能力が増えない可能性が高いため、物流会社と連携した対応が必要だと考えた」と、この変革の必要性を強調しておられます。
製紙や化学など幅広い分野で利用される液体の化学品は、タンクローリーによって配送されています。従来、「午前9時」といった厳密な時間指定で納品されることが多かったのですが、これが逆に他の資材搬入車両との鉢合わせを招き、入荷待ちによる配送効率の低下につながる要因となっていたとのことです。時間指定と翌日配送を廃止することで、車両の運用に余裕が生まれます。これにより、1台の車両が1日に複数回配送できる機会が増え、輸送力が向上するとともに、より効率的な輸送計画の策定が可能になるでしょう。
このサービス見直しは、顧客満足度の低下につながるとの懸念が社内にも存在したといいます。しかし、AGCはこのサービス後退を補う、新たな利便性の提供を決断しました。それが、2019年7月から開始する、荷物の到着時間の目処を事前にメールなどで通知するサービスです。納品時には発注者の立ち会いが求められるため、正確な到着時刻を知らせることは、お客様の利便性に直結するでしょう。この精度を高めるため、約150台のローリー車にGPS(全地球測位システム)を搭載し、配送状況をリアルタイムで把握する体制を整えています。法令順守も考慮に入れつつ、輸送力の維持につながる代替サービスを提供することで、競争力を維持する判断をなさいました。
現在のわが国の運送業界における人手不足は、非常に深刻な状況にあります。厚生労働省の統計によると、トラック・ローリー運転などを含む「自動車運転」の職業別有効求人倍率は、2012年度の1.41倍から2018年度には3.01倍へと大幅に上昇しています。運送会社は人材確保のため、給与引き上げなどに動いており、労務費は上昇の一途です。また、日本銀行が算出する企業向けサービス価格指数においても、ローリーやダンプといった「特殊貨物輸送」の指数は、2019年4月時点で105.8と、じわじわと上昇傾向が見て取れる状況です。
特にタンクローリーは、大型トラックよりも設備投資が嵩むことに加えて、運転手は一般的に危険物取扱者の資格を取得する必要があるため、普通貨物輸送よりも人材育成にコストと時間がかかってしまいます。三菱ケミカル物流の横山一郎社長は、「ローリー輸送の専門会社として安定経営ができると判断する企業がある一方で、車両更新を機に化学品輸送から手を引く協力会社も出てきている」と、業界の厳しい実情を語っておられました。
🚚広がる化学品輸送改革:業界全体での危機感
このような物流対応の見直しは、AGCだけでなく、他の化学品メーカーにも波及しています。昭和電工は昨年から、液体塩素と塩酸のローリー輸送において、顧客に対して時間指定の緩和を要請し、今後も対象品目の拡大を検討しているとのことです。また、東ソーも時間の調整や自社工場の対応を含めた、最も適切な配送のあり方を模索しています。
この変革の背景には、物流網が寸断されかねないという、業界全体の強い危機感があります。2019年4月に施行された働き方改革関連法では、運送業に対する残業時間の上限規制の導入は2024年度まで猶予されました。しかし、猶予期間があるからこそ、物流業界のみならず、荷主側である化学品メーカーも、待ったなしで対応を急ぐ必要があるでしょう。AGCが打ち出したような、一見すると不便になるように見える変更であっても、中長期的な安定輸送力を確保し、デジタルトランスフォーメーション(DX)によって新たな利便性を提供しようとする姿勢は、まさしく時代の要請に応える英断だと評価できるのではないでしょうか。
SNS上でもこのニュースは大きな反響を呼んでおり、「仕方ないこと。GPSでの到着通知はむしろ便利になりそう」「企業努力が見える」「物流崩壊を防ぐためには、荷主側の意識改革が不可欠」といった、肯定的な意見が多く見受けられました。このような企業主導の変革こそが、持続可能なサプライチェーンを築くための第一歩になるでしょう。
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