【阪神大震災25年】首都直下地震で火災死7割の衝撃!「木密地域」解消を阻む高齢化と資金不足の壁に迫る

1995年1月17日の午前5時46分、日本中に激震が走りました。淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の「阪神大震災(兵庫県南部地震)」の発生です。神戸市などで史上初の震度7が観測され、6434人もの尊い命が犠牲となりました。東日本大震災では津波による溺死が9割を超えましたが、阪神大震災では建物の倒壊による窒息や圧死が7割以上を占めたのが大きな特徴です。さらに、住宅密集地を襲った大火災が被害を甚大なものにしました。

あれから四半世紀が経過した2020年1月17日、震災は25年の節目を迎えます。SNS上では「あの日の炎が忘れられない」「明日は我が身として備えを見直そう」といった、記憶の継承と防災への決意を語る声が数多く飛び交っています。しかし、当時神戸市で消防活動にあたった野村勝さん(81歳)が「なんでもっと早く来ないんだ」と怒声を浴びせられながらも、水が出ない消火栓を前に悔し涙をのんだあの悪夢は、決して過去のものではありません。大都市が抱える火災リスクは、今も未解決のまま残されているのです。

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阪神の57倍!?首都圏を脅かす「木密地域」というアキレス腱

地震の際、最も危険視されているのが「木密地域(木造住宅密集地域)」です。これは、古い木造の建物が狭い間隔で立ち並び、万が一火災が起きたときに激しく燃え広がりやすいエリアを指します。阪神大震災では約7100棟が全半焼しましたが、もし首都直下地震が発生した場合、焼失する建物は約41万棟に上ると推計されているのです。これは実に阪神の約57倍という恐ろしい規模であり、最悪のシナリオでは死者約2万3000人のうち、なんと約7割にあたる1万6000人が火災によって命を落とすとみられています。

東京都はこの木密地域を防災上の最大の弱点と位置づけ、山手線の外側を中心とする約1万3000ヘクタールにおいて「不燃領域率」を70%に引き上げる目標を掲げてきました。不燃領域率とは、空き地や燃えにくい建物がその地域にどれくらいあるかを示す指標で、70%を超えれば延焼の危険性がほぼ消滅するとされています。しかし、2017年度時点での達成率は62.5%にとどまっており、目標としていた2020年度までの達成は極めて厳しい状況に直面しています。

進まぬ再開発、高齢化と資金不足がもたらす「あきらめ」の壁

安全な街へ生まれ変わらせるためには、建物の建て替えや、延焼を遮断する公園の整備、消防車が通れる道路の拡幅といったハード面の対策が不可欠です。しかし、現場では住民の高齢化や資金不足という深刻な現実が立ちはだかります。道路を広げるにも土地と建物の所有者が異なれば合意形成は至難の業です。実際に東京都墨田区の京島地区では、わずか410メートルの道路を広げる計画に37年もの歳月を費やしました。地元のまちづくり協議会からは「お金に余裕がなく、地震が来たら仕方がないと諦めている高齢者も多い」との悲痛な本音が漏れています。

こうした現状に対し、筆者は行政による一歩踏み込んだ財政支援と、コミュニティの再構築が急務であると考えます。「自己責任」や「自助」の限界を認め、国や自治体がより強力に老朽住宅の不燃化を主導しなければ、悲劇は必ず繰り返されます。都市の不燃化は、単なる街づくりではなく、そこに住む何万人もの命を救うための「最優先の投資」であるべきです。

私たちが今すぐできること!「助けられる人」から「助ける人」へ

インフラの整備にはどうしても時間がかかります。だからこそ、今すぐにでも始められるソフト面、つまり地域住民による「防災力の向上」が減災の鍵を握るでしょう。内陸部の浅い場所で起きる直下型地震は戸建て住宅を容赦なく破壊します。全国の住宅のうち約900万戸が耐震性に不安を抱える今、災害直後の「初期消火」や地域での声かけが、被害を最小限に抑える唯一の武器になります。

2019年12月末に大阪市消防局が開いた消防教室では、多くの市民が消火訓練に汗を流しました。担当の消防司令は「助けられる人から、自ら助かる人、そして周囲を助ける人になってほしい」と強く訴えかけています。大都市の過密化が進む日本において、南海トラフ巨大地震では最大32万人もの死者と220兆円超の経済被害が想定されるなど、リスクは膨らむばかりです。公的な救助活動(公助)を待つだけでなく、私たち一人ひとりが防災の主役となり、隣近所で協力し合える関係を築くことこそが、阪神大震災から25年経った今もなお突きつけられている最大の宿題と言えるでしょう。

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