タイの最南部で15年近くにわたり繰り返されてきた、イスラム武装勢力による分離独立を掲げたテロ活動に、今まさに大きな転換期が訪れようとしています。2019年12月末にかけてタイの治安当局は、武装勢力がついに話し合いの場につく可能性を明かしました。実際に、勢力を代表するとされる組織「マラ・パタニ」との対話が行われたという情報も飛び交っています。SNS上でも「ついに長年の流血の歴史が動くのか」「これ以上の犠牲者を出さないでほしい」といった、期待と平和を願う声が数多く寄せられている状況です。
マレー半島に位置するタイ最南部のパタニ県などでは、仏教徒が約9割を占めるタイ国内において例外的に、住民の大部分をマレー系のイスラム教徒が占めています。歴史を遡ると、かつて交易で栄えた独立のイスラム王国が18世紀にバンコク王朝へ征服されたという経緯があり、1963年のマレーシア独立を契機に、分離・独立を求める闘争が本格化しました。特に2004年以降、当時のタクシン政権による強硬な弾圧をきっかけに、国軍や一般の仏教徒を標的にした凄惨なテロが先鋭化し、これまでに7000人規模の命が失われています。
近年は治安対策の進展や、地元住民の「紛争疲れ」もあり、暴力の発生自体は減少傾向にあります。しかし、過激派は過去にも沈静化したと見せかけては凶暴な形で息を吹き返しており、大規模な攻撃能力を完全に失ったわけではありません。2015年から始まったタイ政府とマラ・パタニの交渉がこれまで実を結ばなかったのは、最大の武装勢力であるパタニー・マレー民族革命戦線(BRN)が距離を置いていたためです。彼らが本気でテーブルにつかない限り、真の和平への道筋は見えてこないのが実情でしょう。
ここで言うBRNとは、タイからの分離独立を目指す最大の秘密軍事組織のことです。彼らは自身を民族解放運動と位置づけていますが、明確な国家像のビジョンを示しきれておらず、抵抗そのものが目的化している側面も否めません。一方のタイ政府側も、14年のクーデター以降の軍事政権の流れを汲む保守派が強く、「犯罪者」との妥協や地方分権を国家主権への侵害と捉える硬直した姿勢が続いてきました。双方の懐疑派を納得させ、「妥協は降伏ではない」と対話の枠組みを信頼させるには、気の遠くなるような時間が必要とされます。
多様性を掲げるASEANこそ公正な調停を
当事者間での進展が難しいからこそ、隣国マレーシア以外の第三国や、国際組織による仲介が不可欠です。ミャンマーのロヒンギャ問題には内政不干渉の原則を越えて介入を始めた東南アジア諸国連合(ASEAN)ですが、このタイ最南部の深刻な宗教対立に対しても、その存在感を示すべきではないでしょうか。地域の安定と多様性を理念に掲げる組織だからこそ、主権と改革の共存という極めて難しいパズルのピースを合わせる「公正な調停者」としての役割を、今こそ積極的に担うべきだと強く私は確信しています。
対話を確実に継続させることこそが、多くの犠牲を生んだ長きにわたる紛争を終わらせる、唯一にして最大の第一歩です。決して目先のスピーディーな結果だけを求めるべきではありません。国家のプライドや歴史の因縁を乗り越え、双方が共通の利益を見出すための持続的な交渉基盤を確立することこそが、今まさに求められています。国際社会全体がこの静かなる危機に目を向け、平和的な解決へのプロセスを後押ししていく温かい眼差しと、粘り強い外交的な働きかけが今まさに必要なのです。
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