アメリカの経済界に多大な足跡を遺し、2019年12月9日に92歳でこの世を去ったポール・A・ボルカー氏。彼が病床で凄まじい執念を持って書き上げた『ボルカー回顧録』が、今まさに多くの読者の心を揺さぶっています。SNSでも「現代の物価高騰に悩む全ビジネスパーソンが読むべき教科書」「ブレない姿勢に痺れた」といった熱い声が続々と寄せられているのです。彼が50年以上の長きにわたる公務の中で目撃し、自ら舵を取った歴史的危機の舞台裏が、本書では臨場感たっぷりに明かされています。
かつて米連邦準備理事会(FRB)のトップを務めたボルカー氏は、激動の時代を生き抜きました。FRBとは日本でいう日本銀行のような存在であり、アメリカの金融政策を決定する最高機関のことです。本書の読みどころは、1971年8月15日に世界を震撼させた「ニクソン・ショック」の生々しい描写から始まります。米ドルと金の交換が停止され、現在の変動相場制へ移行する歴史の転換点において、彼がどのような葛藤を抱えながら新秩序の構築へ奔走したのかが、当事者しか語れない圧倒的な熱量で綴られているのです。
さらに、1979年から始まったFRB議長時代のエピソードは圧巻の一言に尽きます。当時、猛烈な物価上昇に瀕していた米国経済を救うため、ボルカー氏は金利ではなく市場を流通する貨幣の総量をコントロールする強硬策へ打って出ました。その結果として金利は異次元の高さまで跳ね上がり、深刻な不況や失業、さらには命の危険を感じるほどの激しい脅迫や反発に直面することになります。それでも彼が信念を貫き通したからこそ、悪性インフレは収束し、その後の大いなる繁栄への道が切り拓かれたのでしょう。
彼の功績はそれだけに留まらず、2008年の世界金融危機後にはオバマ政権からの要請で再び表舞台へと立ちました。そこで誕生したのが、自身の名を冠した「ボルカー・ルール」です。これは銀行が顧客の資産を預かる一方で、自らの利益のためにリスクの高い投機的な取引を行うことを厳しく制限する画期的な規制です。過去の金融界が危険を軽視していたことへの強い反省から生まれたこのルールは、現代の私たちが暮らす金融システムの安定を守るための強固な盾として機能しています。
ボルカー氏が本書を通じて現代社会へ発するメッセージには、非常に重い説得力が宿っています。特に、景気を刺激するために「わずかなインフレ」を容認し、低金利で簡単にお金が手に入る環境を作り出す政策に対しては、手厳しい警告を鳴らしている点が印象的です。中央銀行が目標とする物価上昇率を設定する「インフレターゲット」という手法についても、理論的な根拠に乏しく、確実にコントロールできる技術など存在しないと一蹴しています。こうした妥協なき姿勢には、プロの編集者としても深く考えさせられます。
現在の国際社会を見渡すと、政府の機能不全や経済の先行き不透明感が漂う場面も少なくありません。そんな今だからこそ、ボルカー氏が掲げた「物価の安定、健全な金融、そして良き政府」という基本原則は、進むべき道を照らす羅針盤のように輝いて見えます。大著ではないものの、平易な言葉で本質を突いた本書は、経済の仕組みに関心がある方はもちろん、激動の時代を生き抜くリーダーシップを学びたい方にとっても、間違いなく生涯のバイブルとなる価値ある一冊です。
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