2020年01月11日に公開された書評において、文芸評論家の富岡幸一郎氏が激賞する一冊の書籍が話題を集めています。それは、郷原宏氏が執筆した双葉社の文学的評伝です。本書は、明治から大正という激動の時代を背景に、岩手県の盛岡中学校で青春時代を共にした2人の天才の成長を描いています。主人公の精神的な成長や人格形成のプロセスを追う文学ジャンルを「教養小説(ビルドゥングスロマン)」と呼びますが、本作はまさに事実に勝る面白さが詰まった傑作といえるでしょう。
この作品が描く主人公は、国民的捕物帖『銭形平次』の作者として知られ、音楽評論家としても足跡を残した野村胡堂と、名作『一握の砂』を遺した天才歌人の石川啄木です。SNSでも「正反対に見える2人にそんな深い繋がりがあったとは」「盛岡中学の豪華すぎる顔ぶれに驚いた」といった驚きと感動の声が続々と上がっています。80歳まで天寿を全うした大作家と、わずか26歳でこの世を去った夭折の歌人という、対照的な生涯を送った2人の数奇な運命が鮮やかに交錯します。
胡堂はエリート街道を歩み新聞社で活躍する傍らで膨大な時代小説を執筆し、一方で啄木は破天荒な借金生活を送りながらも、時代を先駆ける圧倒的な詩の才能を輝かせました。これほど異なる2人ですが、不思議な共通点と深い交流が存在していたのです。1899年春、盛岡中学校の生徒だった彼らの前に、恋と詩が同時に訪れます。誰かを愛する情熱が文学の扉を開け、胡堂は俳句、啄木は短歌の世界へと足を踏み入れ、それぞれの文学的生涯が幕を開けました。
胡堂が若き日に詠んだ俳句には、のちの『銭形平次捕物控』の情景を予感させるものがあり、人間の才能の芽生えを感じさせます。また、彼らの周囲にはのちに海軍大将となる及川古志郎や、国語学者の金田一京助など、近代日本を牽引するきら星のごとき人材が揃っていました。東北の美しい地方都市で繰り広げられる青春群像劇は、時代への強烈な反抗精神によって形作られていたことが分かります。若者たちの熱いエネルギーが、紙面からひしひしと伝わってくるようです。
私は、この評伝が現代の読者の心を打つ理由は、単なる歴史の記録ではなく、夢を追う若者たちの普遍的な情熱が描かれているからだと考えます。日露戦争が勃発した運命の日に、啄木が胡堂へ宛てて「おゝ友よ」と呼びかけた長い手紙には、青春の文学的気韻が満ちあふれていました。胡堂はこの手紙を生涯にわたって大切に保管し続けたそうです。すれ違う人生の中で育まれた、2人の不滅の友情と文学への魂の軌跡を、ぜひ本書を開いて体感してみてはいかがでしょうか。
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