2019年6月27日午前、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、大阪で開催されるG20サミットへの参加のため来日し、日本科学未来館(東京都江東区)にて非常に示唆に富む講演を行いました。その核心は、急速に進化する人工知能(AI)分野の国際的なルール作りにおいて、「イノベーション(技術革新)に乗り遅れてはいけない」という強い危機感のもと、日仏両国が指導力を発揮すべきだという提言です。これは、単なる技術開発競争ではなく、AIがもたらす社会への影響を見据えた、深い倫理的議論の必要性を示唆しているといえるでしょう。
大統領は、AIの開発や活用をめぐる倫理的な規範を定めるため、各国の専門家を一堂に集めた国際的な組織を新たに設ける考えを明らかにされました。AIの進歩は「経済を変革する重要なツール(道具)であり、未来の産業を築く新たな機会」であると評価する一方で、「社会を不安定化するものでもある」と、その負の側面にも目を向けています。したがって、人々の不安や懸念を解消するためにも、弊害を防ぐ倫理的な指針作りが不可欠であると、その必要性を力強く訴えかけられました。
その倫理指針の根幹となるのが、「人間中心」の原則です。これは、AIが個人の基本的人権を侵害することがないよう、必ず人が制御し、あくまで人々の生活や社会に役立つことを大前提とする考え方です。AIによるオートメーション(自動化)が人々の仕事を奪うのではないかという不安や、AIの判断によって予期せぬ差別が助長されることへの懸念など、現代社会が抱えるAIに対する重大な問いに応えようとする姿勢が伺えます。
この理念を具体化するため、マクロン大統領は、フランスとカナダが主導し、日本を含む各国の専門家が参加する**「人工知能に関する政府間パネル(IPAI)」**を設立する意向を表明されました。これは、AIに関する国際的な専門組織であり、G7サミットの場で具体的な枠組みを正式に決定し、世界各国に参加と協力を促すことになります。大統領は、8月にフランスが議長国を務める主要7カ国首脳会議(G7サミット)において、AIなどのデジタル技術を最優先課題の一つとして取り上げる方針を明確に示されました。
マクロン大統領が語る「3つの危機」と多国間協調の必要性
G7サミットでの優先課題として、マクロン大統領はAIの他にも、「グローバル化と格差」「気候変動と生物多様性」という計3つの危機を挙げられました。大統領は、これらの危機は「政府だけでなく、企業や国際機関、個人など、あらゆるアクター(主体)が連携して対処すべきだ」と強調されています。特に、貧富の格差是正については「不均衡が耐えがたいものになっている」と表現し、民間企業や投資家が変化に積極的に関わり、共に取り組む必要性を強く訴えられました。
企業が単に利益を追求するだけでなく、その収益が所得の低い層を含む社会のあらゆる階層に広く行き渡るように、より社会的な責任を果たすことを求められているのです。この発言からは、経済の持続的な成長には、包摂的(インクルーシブ)な社会の実現が欠かせないという、マクロン大統領の強い信念が感じられます。私見ですが、この考え方は、資本主義のあり方そのものに対する、現代的な問い直しともいえるでしょう。
また、地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」から米国が離脱した状況を踏まえ、「多国間主義は危機にある」との認識を示されました。しかし、そこで立ち止まるのではなく、「反対する一部の人を長々と待つのではなく、参加したい人はどんどん募り、取り決めを遵守する連合を形成すべきだ」と、積極的な国際協調、すなわちマルチラテラリズム(多国間主義)を維持・強化するための新しいアプローチを提案されました。これは、国際社会の分断が進む中で、極めて重要なメッセージを発しているといえます。
講演後の討論会では、富士通の田中達也会長が「人の知性をサポート(支援)する観点での技術開発」に注力したいと述べ、AIの倫理組織設立について賛同の意を示されました。この事実は、日本の産業界もまた、AIの倫理的な開発と利用の重要性を深く認識しており、マクロン大統領の提唱する国際的な枠組みに積極的に参画する意欲があることを示しているでしょう。日仏両国が技術面だけでなく、ルール作りにおいても手を携えることで、真に「人間中心」のAI社会の実現に大きく貢献することが期待されます。

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