「起業家精神」とともに、かつてリクルートホールディングスを象徴してきたのが、「モーレツ営業」という言葉です。朝から晩まで精力的に働き、文字通り寝食を忘れて仕事に打ち込むスタイルは、リクルートの成長を支える根幹でもありました。しかし、時代は変わり、今やその「モーレツ」時代を経験したミドル層こそが、会社全体の働き方改革という大きな課題に挑んでいます。その中心人物の一人が、働き方改革担当の執行役員を務める野口孝広氏(51)です。
野口氏が入社したのは、栄養ドリンクのCMソングで「24時間戦えますか♪」というフレーズが流行した1991年。彼が配属された人事部門では、新卒採用を担当されていました。当時のリクルートは社員約3,000人のうち約1,000人が新卒というほど、活発な採用活動を展開しており、野口氏は十分な休みを取る間もなく、一年中採用活動に奔走されていたといいます。その後、住宅広告の営業部門へ異動されると、そのモーレツぶりはさらに加速。「会社に泊まることもあった」ほどで、それが一種の美徳のように受け止められていた時代でした。取引先である不動産事業者の店舗に早朝や夜間に訪問する**「夜討ち・朝駆け」は、当時の営業スタイルとしてごく日常的な光景だったそうです。
💡「モーレツ」と成果の関係に衝撃の事実が判明!
そんな野口氏の働き方に対する考え方が大きく変わるきっかけとなったのは、約10年前に社内で行われた、ある調査の結果でした。それは、従業員の業務成果と勤務時間の関係を調べたものでしたが、結果は「何の相関もなかった」という衝撃的なもの。長時間働くことが、必ずしも高い成果に結びつくわけではないという事実は、当時の社内に大きな波紋を広げたことでしょう。この事実を背景に、リクルートも徐々に変化の兆しを見せ始め、2006年には「長時間労働風土改善キャンペーン」を、さらに2015年には「働き方変革プロジェクト」を立ち上げます。
当時、リクルート住まいカンパニーの社長を務めていた野口氏は、この改革プロジェクトに率先して参加されました。しかし、取り組みは最初から順風満帆ではありませんでした。まず導入に着手したのが、パソコンやインターネットを利用して、自宅やサテライトオフィスなどで業務を行うリモートワーク**(遠隔勤務)です。カンパニーの全従業員を対象に試験的に導入したところ、結果は「仕事のパフォーマンスの低下」という最悪のものに終わってしまったのです。この失敗から野口氏は、「自律的に自身の業務を効率的に計画し実行できる能力がないと、リモートワークは機能しない」という本質的な問題に気づかされました。
この反省を踏まえ、同カンパニーではリモートワークのあり方を見直す中で、独自に新たな制度を開始しました。それが、カフェなどで仕事をする際の飲食代を「場所代」として、1回500円、1日4回まで支給するというユニークな制度です。リモートワークを「強制」するのではなく、「応援」する姿勢こそが、新しい働き方を社内に普及させるための近道だと考えたからです。こうした働き方改革への積極的な取り組みが評価され、野口氏は2017年に担当の役員に就任されました。
💻「ビジネスチャット」で会議時間を大幅削減へ
現在、野口氏が進めている主要な改革の一つが、社内の業務連絡や情報共有の手段の切り替えです。それまで連絡の中心であったメールから、インターネット上で部署やチームなどの単位でグループを作り、リアルタイムでやり取りできる**「ビジネスチャット」への移行を推進し、会議時間の大幅な削減を目指していらっしゃいます。また、野口氏のもとには「存分に仕事をさせてください。あなたたちの時代はそうだったじゃないですか」といった、長時間労働をいとわない働き方を望む従業員からの声も届くといいます。
実際、リクルートホールディングスの平均年収は1,000万円近くに達しており、成果報酬も採り入れられています。若いうちに集中的に働き、高収入を得るという、いわば「太く短く」稼ぐスタイルは、起業や次のステップへの足がかりを築く上でも魅力的であり、これが会社の新陳代謝**(新しい人材や考え方が組織内で入れ替わること)を生み出し、「若さ」を保つ秘訣の一つになってきたことは間違いありません。
野口氏が入社された頃のリクルートの平均年齢は20代半ばでしたが、現在は35歳。上場企業の平均年齢が40歳を超えることを考えれば、まだ「若い」といえますが、「老い」は確実に近づいています。もし働きやすい会社になることが、従業員の定着率(社員が会社に留まる比率)の向上につながるとすれば、平均年齢はさらに上がり、「普通の会社」になっていく可能性も否定できません。
しかし、企業の持続的な成長のためには、働き方改革を止めるわけにはいかないでしょう。若さと新陳代謝を保ってきた「モーレツ」遺伝子を尊重しつつも、いかにしてこの改革を企業の成長へと結びつけていくのか。野口氏が日々向き合っているのは、まさにこの「新陳代謝を失わぬ改革」という難題なのです。
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