「何をすべきかは分かっていても、実行すれば再選される保証はない」。かつての欧州委員長ユンケル氏が残したこの言葉は、現代の政治家にとって痛烈な警告となっています。私たちは今、気候変動への対策という避けては通れない課題に直面していますが、その道のりは決して平坦ではありません。過去の金融危機の際、緊縮財政のツケが社会の弱者に回された苦い記憶が、人々の間に根強い不信感として残っているからです。
かつてフランスで起きた「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」運動を覚えているでしょうか。これは燃料税の引き上げに対する地方や低所得者層からの猛烈な抗議運動でした。気候変動問題においても、これと同じ現象が繰り返される危険性が高まっています。環境負荷を減らすという大義名分の下で、実際には地方の小さな町や村に住む人々が、経済的な打撃を真っ先に受けるという構造に変わりはないのです。
「持続可能性」は誰のためのものか
現在、世界中で地球温暖化は紛れもない事実として認識されています。投資家は化石燃料業界から距離を置き、企業には厳格な環境監査が求められるようになりました。しかし、こうしたトップダウンの変化に対して、現場の有権者は冷ややかな視線を送っています。「裕福なグローバルエリートがプライベートジェットで飛び回る一方で、庶民にだけ負担を強いている」という不満が、世界各地で極右や左派のポピュリスト政党を台頭させる原動力となっているのです。
欧州委員会などが掲げる「グリーンディール(環境配慮型の経済対策)」は、1兆ユーロ規模という莫大な資金を投じる大胆な政策です。しかし、筆者が懸念するのは、これほど大規模なプロジェクトであっても、最も損失を被る市民への具体的な緩和策が置き去りにされている点です。古い燃費の悪い車を使わなければ生活できない人や、高額な暖房システムを更新する余裕のない世帯にとって、理想論ばかりの政策はただの苦痛でしかありません。
社会の分断を防ぐために不可欠な所得移転
SNS上でも「環境保護は重要だが、生活を犠牲にしてまで進めるべきではない」「地方への配慮が足りない」といった意見が目立ちます。実際に脱炭素化を実現するためには、公共交通機関の整備や、暖房システムの設置費用に対する手厚い助成金など、大規模な所得移転が不可欠です。中途半端な支援では、人々の怒りを抑えることはできないでしょう。
気候変動対策という難題に立ち向かうリベラル派の政治家たちは、この不可欠な財源をどう確保するのか、その覚悟を問われています。私は、真の気候変動対策とは、環境を守ることだけでなく、社会の底辺にいる人々を誰一人として取り残さないための「社会保障」とセットでなければならないと考えます。エリート層が強引に進める政策が分断を深めるのか、それとも市民の痛みを共有する公平な移行となるのか、今はまさにその分かれ道に立っているのです。
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