2019年6月27日、日本の技術教育の象徴ともいえる「ロボコン(ロボットコンテスト)」の歴史を振り返る記念碑が、東京工業大学に建立されたというニュースは、多くの技術者や教育関係者に感銘を与えています。この記念碑は、ロボコンの提唱者である森政弘教授(当時)が所属していた制御工学科の同窓会が尽力して実現したもので、かつて授業でロボット作りが行われていたゆかりの地に建てられました。日本のモノづくり精神を育んだロボコンの原点に光が当たった瞬間といえるでしょう。
国民的な人気を誇るロボコンは、森教授の呼びかけにより1988年にNHKと共同で、高等専門学校(高専)を対象とした「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」として産声を上げました。その後、1991年には大学生を対象とした「NHK学生ロボコン」が、1993年には高校生を対象とする「全国高等学校ロボット競技大会」が加わり、競技の裾野を拡大しています。現在では、小中学生から社会人まで、幅広い層を対象とする様々な種類のロボコンが開催されており、その熱気は専門雑誌「ロボコンマガジン」が刊行されていることからも伝わってきます。
このロボコンの波は国内に留まらず、国際的な広がりを見せています。例えば、2002年に始まった「ABU(アジア太平洋放送連合)アジア・太平洋ロボットコンテスト」は、アジア・太平洋地域の各国・地域の予選を勝ち抜いた大学チームが一堂に会して技術と創造性を競う大会です。直近では2018年大会がベトナムで開催され、17の国・地域から参加チームが集まり、高い技術レベルでの接戦が繰り広げられました。
また、国際交流の側面を持つのが1990年からスタートした「IDCロボットコンテスト大学国際交流大会(インターナショナル デザイン コンテスト)」です。これは、世界各地の大学から集まった学生が、多国籍の混成チームを結成し、与えられたテーマに基づいて初対面の異国の仲間と約2週間という短期間でロボットを製作し、その性能を競うというユニークなものです。2018年には東京工業大学で開催され、8カ国から54名の学生が参加し、国際的なチームビルディングとデザイン思考を培う貴重な機会を提供しました。さらに、ロボットの高度な自律移動技術を競う国際競技会「ロボカップ」なども存在し、世界中の若きエンジニアたちを刺激し続けているのです。
💡日本のロボット産業が牽引する技術革新と特許の強さ
日本では、ロボットに対して好意的な感情を持つ人が多く、その普及が世界的に進んでいる点が特徴です。過去を振り返ると、1985年時点では世界中で稼働していた産業用ロボットのおよそ7割が日本に存在していたといわれています。また、2015年までは日本の産業用ロボット稼働台数が世界トップでした。現在も、生産や販売の分野では日本メーカーが非常に強力な地位を占めており、国際ロボット連盟の統計データによれば、2017年の世界の販売台数のうち、なんと56パーセントを日本メーカーが占めています。これは、日本の製造技術や信頼性の高さが世界市場で認められている証拠でしょう。
技術の源泉となる特許の分野でも、日本は圧倒的な強さを見せています。特許庁がまとめた2007年から2012年の期間における、日米欧中韓台への特許出願状況に関する報告書を分析すると、日本からの出願が全体の33パーセントを占め、最多となっています。欧州と中国がそれぞれ19パーセント、韓国が14パーセント、米国が10パーセントと続くことからも、ロボット技術に関する日本の研究開発力の高さが際立っているといえるでしょう。この技術的な優位性が、日本のロボット産業の国際競争力を支えているのです。
昨今、日本の若者たちの間で理科系分野への関心が薄れている「理科系離れ」が懸念されていますが、ロボットという存在は、青少年に夢を与え、技術への親しみを持たせる優れた媒体です。遊び心と工学的な思考を融合させるロボコンに触発されて育った若い世代の技術者が、将来的に日本のロボット技術をさらに発展させる鍵を握っていると、私は強く信じています。彼らの柔軟な発想と情熱こそが、日本の未来のモノづくりを牽引していくに違いありません。
SNS上でも、この記念碑建立のニュースやロボコンの話題は常に熱く、「自分もロボコンを見て育った」「これをきっかけに技術者を目指した」といったコメントが多く見受けられ、日本の青少年育成におけるロボコンの文化的・教育的な影響力の大きさが改めて示されています。この流れをさらに加速させ、日本の技術立国としての地位を揺るぎないものにしていくことを期待するばかりです。
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